大事にしたい。
彼の心も体も。この2つがとても大切なものだから。
「神山選手。そろそろです」
私のいつものルーティン。私の仕事はレースクイーン。私は大分特殊なレースクイーンで、レース直前になると、ドライバーを呼びに行くことを任されている。
私が任されている人は、レース前、とてもナイーブになる人だ。けれど、一度走り出せば有り余る才能を爆発させる。………そんな人。
「………神山選手?」
おかしい、いつもなら直に出てきてくれるのに……。
私はおそる、おそる、神山選手のいる部屋の扉を開ける。
そこには、眠っている神山選手が居た。
「神山選手、もうお時間ですよ。起きてください。」
もしかしたらナイーブさが何時もよりおおきくなってしまっていたのかと思っていたけれど、そうではなくて安心した。
神山選手こと、神山 駿(かみやま しゅん)選手の事を任されたのは、本当に偶然。
けれど、神山選手の事を知る度に、私は支えたいと思う様になっていった。
そして、好きになった。
「うーん。ごめん……もう、時間?時間、すぐ来る?」
「いえ、まだ30分はありますけど、余裕を持ってお声掛けさせて頂きました」
そういうと、神山選手は少し間を開けてから、口を開いた。
「あの、わがまま、言っても言い?」
「……?どうしました?」
「1分、1分でも、ううん、5秒でも良いから、手、握ってくれませんか?」
「…………………」
神山選手が私に向けてくれている感情には気付いていた。けれど、仕事は仕事だと割り切り、心にセーブをかけて、ドライバーとレースクイーンという立場に、ちゃんと線引はしてきた。
けれど、私も好きだと気付いた時から、私は急に線引の仕方が下手になった。
下手に、なってしまった……
私はそっと神山選手の手を取った。
そして、優しく握る。
神山選手の手は、とても冷たかった。
「何分でも大丈夫です。もう良いと思ったら、教えてください。」
「……、ありがとう」
私の温い(ぬくい)手の温度が、少しでも伝われば良いと思った。
彼に、伝われば良いと思った。
9/20/2023, 8:33:22 PM