島の朝は早い
遠くから聞こえるエンジンの音で目が覚めると
冷たくて固い畳の上の置時計は早朝5時を示していた
ー
寝ぼけ眼をこすり台所へ向かうと
なぜか無性にコンビニの冷たいコーヒーが飲みたくなり
寝癖もそのまま
色の悪い素足につっかけをひっかけて
徒歩20分の島唯一のコンビニに向かう
手を伸ばせば触れられそうな位置にある青空
太陽は優しく私を照らす
鳥は近くで高らかに歌い
遠くからは波の音と潮の香りが漂っている
一歩そとに出ただけで自然に迎え入れられているようだ
眠気はすっかり吹き飛び
爽やかな気持ちでコーヒーへの道のりを歩む
ここに住み始めて早2年
都会から逃げてきたこの島だが住めば都で
この不便さも今や愛すべき日常の一つだ
一つだけ言うとすれば部屋の底冷えだけが未だに慣れないのだが
「いらっしゃあい、おはようさん」
夜勤明けのお婆さんの穏やかな声を聞きながら
私はアイスコーヒーのカップを手に取った
都会も、都会で遭った出来事からも逃げ
全てを捨ててここに来たが
どうしてもコンビニのアイスコーヒーの味だけは捨てられない
いつも通り
コーヒーマシンのボタンに指をかざした途端
「……先生」
東京からはるか遠く離れた楽園のような離島の
まもなく朝6時を迎えるコンビニエンスストア、
私の耳に聞こえたのは
かつて捨てたはずの全てだった
「先生、先生だ……やっぱり」
「どうして……」
私の頭の整理が着く前に
その子は小さな体をふるわせて私に突進してきた
思わず受け止め抱きしめる形になると
ふわり、と彼女の香りに
過去の記憶が呼び起こされる
次の瞬間
「やめなさい!」
私は彼女を咄嗟に突き放して一喝していた
ショックか驚きか彼女の
大きな目がさらに大きく見開かれる
幾度となく見つめ合い
食べてしまいたいくらいに愛おしく思えたその瞳
しかし私には許されない存在だった
「私はわざと貴方から離れたのに!
どうしてここにいるの!」
寝起きとは思えないほど
喉が開き、よく通る良い声がでた
以前、生徒に怖がられてた記憶が呼び起こされ
私は思わず首を振った
「幸せにしてよ!」
今度は私が目を見開く番だった
彼女は小さい体から声を振り絞って叫んでいた
「先生と2人で幸せになるために私も全部捨ててきたの!もう邪魔は何も無い、私だけ!私だけ幸せにしてよ!」
大きな目なら宝石のような涙がぼろぼろ流れる
かつて私の腕の中にあった懐かしい温もり
「……ごめん」
その日から私は部屋の底冷えをあまり感じなくなり、日常の全てを愛せるようになった
3/31/2024, 12:57:29 PM