美佐野

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(遠い日のぬくもり)(二次創作)

 ぐるぐると景色が回っている。ユウトは、またか、と息を吐いた。祖父の跡を継いで牧場主になって、毎日畑に家畜にと忙しく走り回っていた。それ自体は楽しいし、やりがいもあるし、苦にならないのだが、たまにこうして心の迷路を彷徨うことがある。
 はじめ、ユウトがいたのはローズ広場だ。鶏祭りの準備が完了しており、今にもリックのアナウンスが聞こえてきそうなのに、しんとしている。ユウトはそこで一人きりだった。
 かと思えば今度は冬の牧場になった。雪が降っており、空はどんよりと暗い。そうだ、柵の修繕をしなくては、とユウトは歩き出した。おあつらえ向きに手には銀の斧を持っている。これで柵を――。
(いや、違う。僕は斧をミスリル鉱石で鍛えた。それに、壊れた柵を潰すにはハンマーを使う)
 吹き付ける雪混じりの風に、ユウト、と名を呼ぶ声が混ざった。これは珍しいな、とユウトは思う。取り留めのない会話はたまに届くが、こんなにも優しく、辛抱強く、自分を呼ぶ声は初めてだ。
「…………」
 ぐいっと引っ張られた気がして、ユウトは目を開いた。視界には、自宅の天井と、ふわふわの桃色の髪。
「ポプリちゃん?」
「よかった、ユウトさん。目が覚めたのね」
 聞けば、ポプリの目の前で倒れてしまったらしい。調子に乗って斧を振り回しているうちに、体力を使い果たしたのかもしれない。
「ごめん、心配かけたね」
「いいの。……喉渇いてない?」
 言われれば確かにカラカラだ。ポプリは嬉しそうに、グラスに入った水を持ってきてくれた。一気に飲み干すと、全身を清涼感が通り過ぎていく。
「おいしい」
「緑の草の若芽を摘んで入れたの。ハーブウォーターの一種なんだけど」
 今は夏。暑い季節の水分補給に良いと、本に書いてあったのを見つけたポプリが手作りした。幼い頃、熱を出した自分に母がすりおろしてくれたリンゴを思い出した。遠い日のぬくもりが蘇る。
「ありがとう、ポプリちゃん」
「どういたしまして」
 ポプリは誇らしげに胸を張った。

12/24/2025, 12:11:51 PM