「精霊には王がいる、って話、知ってる?」
「ア? ンだよ突然。……聞いたことねェな、そンな話」
ロキの言葉にイルは顔を上げた。陽が高く暖かい、珍しくのんびりとした小春日和のことだった。
「そっか。まあ、ただの噂みたいなものだからね。伝説って言い換えてもいい。魔人《こっち》、いや、魔王《僕ら》に伝わる、ただの噂」
「俺は精霊の存在自体、知覚できねェからなンとも言えねェが……。その言い方じゃあ、オメェは信じてねェのか」
「……うん、そうだね。そうなるね」
ロキは両手で持ったカップをクルクルと回し、一口飲んでからそう言った。その水面を見つめたまま話し続ける。
「そもそも精霊自体、個の意識が低い。生き物っていうより──風や植物、自然に近い存在だ。僕ら交信者《ファミリア》は、一応精霊と話すことができるわけだけど……。なんていうか、たぶん、他の人たちが思うよりずっとふわっとしてる」
「ふわっと」
「うん。ふわっと。精霊の意志自体が割と曖昧なわけだから、はっきり会話できてるわけじゃない。断片的な情報で、言葉ってよりかは感情を推測していく感じ。で、僕が知る限り精霊ってのはそういう感じだから……そこに王なんて言われてもね。かなり信憑性は低いと思うよ」
「ふぅん。オマエが言うならそうなんだろ。……で? なンでいまそンな話を?」
「僕の話すこと全てに意味を求めないでほしいけど……。こんな噂もある」
カップを置いて指先を合わせ、真っ直ぐにイルの目を見る。深く、暗く、静かな湖のような瞳が微かに揺れる。
「シリウスは精霊王と契約したって」
「……アイツが。精霊の、王と」
その言葉にイルの瞳も揺れる。
ロキはその反応に満足そうに頷き、大きく手を広げた。
「そ。でもまあ、そもそも精霊王の存在自体が眉唾モンだからね。どこまでが事実でどこからが伝説か、わかったもんじゃあない。でも、それも──」
「次の都市でわかる、か」
ロキは再び深く頷いた。
「そういうこと。初雪が降ったらここを発つ。のんびりしてられるのもいまだけだよ」
「アァ、言われるまでもねェ」
イルは知らず知らずのうちに拳を握りしめた。
伝説の真偽も。
この旅の行末も。
全てがわかるのは、もうすぐだ。
出演:「ライラプス王国記」より ロキ、イル
20241215.NO.116「雪を待つ」
12/15/2024, 4:24:00 PM