香草

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「さらさら」

鉄骨にぶつかる無骨な雨音が響く体育館で気怠げに整列する。グラウンドでは肌寒かった半袖の体操服も体育館の湿度でちょうど良くなっている。
予報にない雨で急遽屋外授業から体育館に変更になった。せっかく親友と揃ってテニスの授業を勝ち取れたというのに、体育館で走り回る羽目になった。
これだから梅雨は嫌なのだ。
先生が言った。
「今日は仕方ないからバスケットボールをしましょう」
一斉に沸き立つクラスメイトたち。私はため息をついた。
親友が気遣うようにこちらを見る。
「同じチームだったらいいね」
先生に聞こえないようにコソコソと耳打ちする。
「それより、こんなに暑い中走り回ったらベタベタになっちゃうね」
親友は少しふっと笑って言った。
「確かに。体中ベタベタになるね」

試合が始まった。親友と私は違うチームになった。正直テニス以外の球技は苦手だ。ましてやバスケットボールみたいに、ボールよりも人の体がぶつかってくる恐れがあるスポーツは特に苦手だ。それになぜかわからないけれど、私がドリブルするとあらぬ方向に飛んでいく。体育の選択授業でもテニスに並ぶほどバスケットボールが人気だったが、私にはその面白さがわからない。
対して親友は小学校からずっとバスケットボール部に所属している。身長も高く部活の次期エースになるだろうという噂だ。まぁ、私の親友なのだからそれくらいの実力は当然だろう。彼女は私の小さい頃からの幼なじみだ。小学校の時から運動神経も抜群で頭も良かった。そして誰に対しても優しくてクラス中の人気者だった。私にはないものをたくさん持っていたから彼女に憧れると同時に、親友であることが誇らしくもあった。

試合が始まると彼女は目の色を変えてボールに飛びついた。
とりあえず私も彼女の動きを真似して、足を動かしてみるが、彼女のスピードにはなかなか追いつけない。すらりと長い手足を存分に伸ばしてボールをゴールへと運ぶ。ジャンプをすれば彼女の長いポニーテールがさらりと揺れる。彼女がゴールするたびに歓声が上がる。そして私はチームメイトからチラチラと視線を感じる。「ずっと一緒にいてあんなに仲がいいのに、全然違うよね」
じめじめとした空気が胸に流れ込んでくる。
私は小さい頃から運動神経は良くなかった。勉強も苦手で癖っ毛で、ずんぐりむっくりのスタイル。あまり気にしないようにはしていたが、中学校に上がるとはっきりと思い知らされる。自分が好きになれない。どうして彼女とこんなにも違うのか。
彼女のように素直で可愛らしくて、ぱっちり二重のサラサラロングじゃないのはなぜ?
きっとこれまで私は彼女を理想の自分に見立てて、その隣にいることで自己肯定感を上げていたのだ。しかしいつしかこうやって相対するチームで別人として彼女を見るととてつもない劣等感に襲われる。

授業が終わり教室に戻ると、体操服がまとわりつく感覚がある。鬱々とした気持ちも汗と一緒にまとわりついているかのようだ。
結局彼女のチームが勝った。ただの体育の授業だと思っていても私と彼女の差をまざまざと見せつけられた気分になった。
「やっぱりベタベタになったね」
彼女が息を切らして話しかけてきた。
「そうだね」
私も明るい声で答える。彼女に落ち込んだ顔を見せてしまっては心配されてしまう。それは彼女に対する劣等感を知られてしまうことになる。
さすがに私のプライドが許さない。
「私、制汗剤持ってるよ。使う?」
彼女のこめかみからはキラキラした汗が流れている。私はじめじめとした汗しか書いていないと言うのに。
「ありがとう」
彼女が貸してくれたのはシトラスの香りの制汗剤。首元にシュート吹きかければ爽やかな香りとともに涼しい風が吹いてくる。
少しだけ気分が晴れた気持ちになった。彼女がサラサラの髪の毛をはためかせて振り向いた。
「次はテニスできるといいね」 
どこまでも清らかで爽やかな彼女にサッパリとした感情を抱く日は来るのだろうか。

5/29/2025, 11:20:16 AM