わをん

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『街』

一人暮らしを始めた頃は住んでいる街にお邪魔させていただいているような気分だった。よそよそしい態度だから街も同じような態度で臨んでやるという気概を返されていたように思う。隣や上下階の物音が気になっては眠りを妨げられる日々も度々あった。
長期休みのときなどに里帰りに立ち寄った実家ではあの街にはない安心感をひしひしと感じて眠りにつけた。さまざまな食材やタッパーに入った惣菜とともに暗い部屋に帰りついて一人で食事をしていると実家で家族と食卓を囲んでいたことが思い出されて寂しくなったりもした。
季節は流れて何度目かの里帰りの帰り道。電車に揺られて微睡んでいたが、最寄り駅のアナウンスにふと覚醒して見た窓からの景色に帰ってきた、と思えた。見慣れた駅の改札、通い慣れた部屋までの道のりを実家から持たされた重たい荷物を手に下げて歩く。
「ただいま」
返す人のいない部屋に一人呼びかけて電気をつけて荷物を降ろし、ごろりと大の字になると実家とはまた違う安心感を感じられる。掃き出し窓の外を眺めていると住み慣れた街がおかえりと返してきたように思えた。

6/12/2024, 3:19:16 AM