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鋭い眼差し

どうして人々には必ず翼が生えると神様は決めたのだろうか。
翼がないウチは、人間ですらないと言うんやろか。

翼がない。ただそれだけで色んな人から奇妙な目を向けられる。

不思議そうな人の目

不気味に思う人の目

逆に美しいと捉えた人の目

全てが気持ち悪かった。


なんで翼がないのなんて聞くな。ウチも好きで翼を無くして生まれたわけやない。

美しいとか変とかその言葉が自体が全部気持ち悪い。

翼が無いのが美しいってとらえるなら自分の翼を切り落としてみろよ。
翼がないのが変ならそんなやつが居ないところに勝手に行けよ。


でも、そんな事を言えば世間はもっと自分を不審に思う、特別な目で見てくる。
やから、自分の思考、感情、全部封をした。

とりあえず何かしらの面白い返しをすれば人間は馬鹿みたいに笑う。
人間なんて所詮単純な思考しか持たへん。
目の前の事で精一杯で脳を使うことすらしない。

そう考えれば、自分が上に立った気がして、気がすごい楽になった。

中学生になって、親の勝手な都合で地元からトーキョーに住むことになった。
ただでさえ都会だった地元と比べてさらに都会だったこの場所は、とてもうるさくて人の目につかない場所が多かった。
転校初日、白い翼を持った女の子と隣になった。
良く言えば白鳥、悪く言えば百均で売ってある偽物の羽みたいに真っ白で、ふかふかしていた。
だから、少し彼女の前でおどけてみせた。


「なぁあんたさ、女の子を翼で抱きしめたら可愛いと思わへん?」


半分本音、半分ギャグだった。
翼なんかで抱けるものなら抱いてみろ。抱いたって何かが得られるわけじゃないし、何か変わるわけでもないから。羽毛で邪魔だし痒くなるし。
なんて彼女を見てそう奥底でそう馬鹿にしていた。
それなのに、

「貴方にはそれができないからそんな事聞くわけ?」

困惑しながらもそんな言葉を返された。
彼女は、今まであった人間達と少し変わっていた。
翼がないという事実を突きつけてくる。それは同じなのに、こんなにあっさりと申し訳無さそうに言われると逆にすがすがしい。
それから会話が続いて、趣味の曲が同じで、初対面なのに、出会って当日なのに、二人で帰った。

それから、ウチが話題を複数ふって、彼女が返す。そんな関係が続いていた。
名前はケーコらしい。会話は続くけど、友達とは呼べないような変な子。
話をして、笑って、笑い続けていたら、いつの間にか、彼女と一緒に高校生になってた。
ケーコは青空が好き。昼になれば屋上で弁当を食べに行く彼女を犬のように着いていく。そのたびにうんざりそうにウチを「犬みたい」なんて言うけれど。


ある日、ウチはケーコに聞いた。
ただの興味本位だった。あんなにきれいな翼があるのに、空が好きなのに、どうしてそんな大きな翼で空を飛ばないんだろう。と、
それを口に出すと彼女の顔つきが変わった。
あ、これ、だめなやつだ。
人の目線、眼差ししか見てこなかったウチにはすぐわかった。きっと嫌がって泣くか悲しそうな顔をするだけだ。
なら、挽回すればいい。
ウチが笑いながら話を続けるとケーコはそれを遮った。ウチよりも大きな声で。
罵詈雑言、ウチへの不満、ベタベタ黒い感情を投げつけられた感触だった。
綺麗に全て言い終わった彼女ははっと我に返った。
ウチは、ケーコのあの圧に圧倒されて、声が出なかった。広角も上がらなかった。
ウチの事を犬みたいって笑うけど、まくし立てて罵詈雑言話すあんたも十分犬っころみたいやったで。
……なんてウチが言えるわけ無い。


とにかく笑わなきゃ、いい雰囲気が大切。


いやいや、二重人格の漫画の主人公やないんやから。
って簡単にツッコんでさえしておけば良かった。
それなのに、口から出た言葉はあまりにも素直すぎた。


なんとか挽回したくて、話をまくしたてる。そうだ。先程の話とは真逆に進もう。カラス?機能の晩ごはんの事?なんだっていい。
自分が作った不格好なおにぎりにわざとらしくかぶりついて話を続ける。
ケーコはこちらもみずにぱくぱくと無言で弁当を食べ進めていた。
やがて最後の一口を食べ終えると弁当箱や割り箸を袋に乱雑にしまった。
「………………帰る。」
そう言って立ち上がって屋上をあとにしようとする。


ケーコが離れていく。


慌ててウチはケーコの腕を必死につかんでいた。
頭に何かしらの言葉が浮かんでいた気がしたが、そんな事気にすることもなく腕を掴む。
ウチはもう、何も言えなかった。でも、彼女の肩に顔を置けば。


彼女は自分の白い翼でウチをそっと包み込んだ。
へー、できる人もいるんだ。
なんて、実際に包まれたらそれっぽっちしか感想が出てこなかった。
人間はモノサシでしかないと思っていた。
相手が見下す前にこっちが見下す。誰だって所詮おんなじ。それなら翼が無い分上に立ってやろうと。
でも、裏をめくればウチの方が目の前の事で精一杯で脳を使うことすらしない人間と同じだった。


翼で抱くなんて、半分ギャグだった。
でも、今わかったかもしれない。残りの本音は……
ただの汚い自分自身の欲望だと。
翼がないのと同時に、ウチは普通ではない。普通の翼もないし、普通の恋すらできない。

そう考えながらウチを包み込む翼に身を委ねた。
翼に血液は流れてるはずなのに、何故か冷たく感じたのは、冷たい風が強いからだろうか。
それとも……

ケーコに質問した時、反論を返された時、黙々と弁当を食べていた時……
そんな時と同じような
鋭い眼差しでケーコはこちらを見つめていた。
自分の心を無理矢理ぐちゃぐちゃに覗かれて、引き裂かれて、長時間見続ければ情緒がおかしくなりそうな表情と眼差しだった。
そんな彼女の眼差しがゆっくりと目を閉じてもまぶたの裏にくっついて離れないでいた。

10/15/2023, 1:06:17 PM