真岡 入雲

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【お題:形の無いもの 20240924】

たった一つの細胞が、繰り返し繰り返し分裂して身体を作る。
数え切れない程の細胞の塊、それが人間の器。
そこに宿る形の無いものを魂と言うらしい。
重さは21g。
形は無いのに、何故か重さはある不思議。

で、問題はコレ。
今俺の目の前でぷかぷか浮いている奴。
俗に言う幽霊とか言われるヤツ⋯⋯だと思う。
向こう側が透けて見えているからな。
それに人間の身体はこんな風に浮く事はできない⋯⋯はず。
言い切れないのは何故かと言うと、こういうモノを生まれて初めて見るから。
で、どうしてこんなにも冷静なのかと言うと、この浮いている奴が俺の知っている人間だからだ。
うーん、これは一体どういう事なのだろうか?

昨日は残業をして、帰りにコンビニに寄って肉まんとピザまんを購入。
ついでに酎ハイとプリンも買って帰ってきた。
記念すべき30歳の誕生日だったからな。
魔法使いになったんだ自分くらいは祝ってやらないと、この身体が可哀想だ。
あー、はいはい、そうですよ、彼女も友達もついでに両親も兄弟も居ない、正真正銘のぼっちだよ。
あ、いや、友達⋯と言うか、親友がひとりいる。
それがこいつ、目の前で浮いて呑気に寝てる奴で、名前を桜庭 渉と言う。
最近はあまり連絡を取っていなかったけど、小学生の頃からよくつるんでいた。
高校を卒業してからは年に1回会えればいい方だったけれど、メールやLINEとかで連絡は取れていたし、時折荷物なんかも送られてきた。
よく分からない民族の仮面とか、置物とか、帽子とかばっかりだったけれど。
仕事の内容はよく知らないが、1年の大半国内外を飛び回っている桜庭は本当に忙しい奴で、俺とは違った理由で恋人はなく結婚もしていない。
でも多分、魔法使いではない。
あいつ、顔と頭は信じられないほどイイからな。

「そう言えば⋯⋯」

スマホを開いてメールを確認するが、新着メールはない。
同じくLINEも確認するが、こちらも新規のメッセージは無かった。
毎年誕生日には必ずメッセージが送られてきていたんだが、今年はそれが無かった。

「ふむ⋯⋯」

これをどう捉えるか⋯だな。
単純に忘れていた、電波の届かない秘境にいる、スマホが壊れて送れない、後は⋯⋯。

「⋯⋯⋯⋯よぉ」

色々考えていたら、奴と目が合った。
いつもと変わらずに、掌を俺に向けてヒラヒラと振っている。
だから俺もいつものように声を掛けたんだが、うん、桜庭は何か話しているようだが俺には聞こえない。
まぁ、肉体が無いんだから声が聞こえるはずも無いんだがな。
何だか一生懸命に話しているが、さっぱりわからん。

「悪い、全然聴こえない。何言ってんのかわからん」

俺がそう言うと、桜庭は大袈裟なほどガックリと肩を落とした。
でも、あれだ、俺は桜庭の言っていることは分からないが、桜庭は俺の言っていることがわかるんだな。
うん?何だ?ジェスチャーか?なになに⋯⋯。

「⋯⋯元気かって?あー、まぁ見ての通り、草臥れてはいるけど元気だ。仕事?今日は休み、誕生日休暇ってやつだ。うん?お、め、で、と、う?ありがとう。あぁ、俺も30になったからな、またお前と同い年だ。うん?小指?小指がどうかしたのか?え、違う?⋯⋯あぁ、恋人できたかって?今の俺を見て恋人がいるように見えるか?それもそうかって、相変わらず失礼な奴だな。で、桜庭、お前なんでそんな事になってんだ?」

俺がそう言うと桜庭は眉尻を下げて少し困ったような顔をした。

「はぁ、まぁ何でもいいか。で、これはあれか、俺が魔法使いになったからお前が見えるのか?ん?さぁって、お前も分からないのか。え?魔法使いってなんだって?あれだよ、30まで童貞だと魔法使いになれるっていう、え?知らない?⋯⋯まぁ、桜庭は童貞じゃないから関係ないもんな、⋯⋯はっ?えっ?童貞?桜庭も童貞なのか?あー、いや、信じない、信じないぞ俺は。お前が童貞だなんて。ちょ、バカお前、何ズボン脱いで、見たってわかるわけないだろ!⋯⋯はぁ、もう、わかった。信じる、信じるよ」

しかし、桜庭が童貞とか有り得るのか?
あー、でも、日本人男性の3人に1人は魔法使いになれるっていう話も聞いたことあるんだよな。そう考えれば有り得なくもな⋯⋯いやいやいや⋯⋯。

「ん?なんだって?スマホ?電話しろ?誰に?えっ?あー、ちょっと待て⋯⋯」

桜庭が指し示した数字をメモする。
市外局番から行くとこれは⋯⋯。

「これ、お前の実家の番号か?」

グッとサムズアップしてウインクまでしている。

「ここにかければいいのか?」

桜庭はひとつ頷くと、じゃあな、とゆっくり口を動かして、ふっと消えた。
残された俺は、桜庭がいたその場所をじっと見つめていた。

「⋯⋯⋯⋯」

とりあえず、桜庭のLINEにメッセージを送ってみるが、既読にはならなかった。
そして、俺は桜庭の実家に電話を掛けた。
何となく、さっきまで桜庭がここにいた事は言わない方がいいと思った。
だから、サラッと桜庭と連絡が取りたいとだけ伝えたんだ。

なぁ、桜庭。
お前、回りくどいぞ。
もっと分かりやすく伝えろよ。
何だよ、入院してるって。
しかも3ヶ月前からって。
お前の30歳の誕生日の夜って、俺と通話してただろ。
あの後かよ、交通事故に巻き込まれたって。
そこからずっと意識不明って、そんなの知らねえよ。
待ってろよ、今から会いに行ってやるからな。
俺は魔法使いになったんだ、絶対お前の目、覚ましてやるからな。
いいか、俺を独りにしたら許さないからな。


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(´-ι_-`) BLではなく、友情デスヨ。


9/25/2024, 8:37:42 AM