詩歌

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 この世界は


 風がふいていた。湿った空気を蹴散らすような風が。こんな日は、あの人のことを思い出す。

 百年前、世界は大いなる災いによって一度滅亡した。私はその頃まだ生まれてもいなかったけれど、それは別に災難でも幸運でも無くて、ただ平和な世界を観たことがないだけだった。けれどあの時人類は一度は死に絶えたのだから、もしかすると死ななくて済んだのは幸運だったのかもしれない。

 災難から一年、人類は瓦礫の中から復活した。私の知らない歴史だ。

 神様はこの世にいないけど、神様みたいなひとが、ある日終わりを迎えた世界を救った。僅かな土地に僅かな人間が住み、科学や技術を忘れ、しかし心穏やかに暮らす。そんな世界を新たに造り上げた。私は、そんな第二の人類史に生きていた。平穏に、幸せに。
 しかし私は罪を犯した。
 黒雲に覆われた空の果てには何があるのか、瓦礫の下にはどんな文明が埋まっているのか、海をどこまでも進めば、世界の終わりが見られるのか。知りたい気持ちは罪だと言われた。
 それでも私は知りたかった。
 そしてついに、許されざることをした。

 ⋯⋯初めて見たとき、神様だと思ったのだ。
 陽の光を浴びて、あまりに神々しくそこに立っていたから。
 でも、あの人はそんな素晴らしいものじゃなかった。
「貴方は、世界を造り直した人?」
 そう尋ねた私に、あの人は言った。
「そうだ。僕が造った」
「なぜ?」
 再び尋ねてから、しまった、と思った。なぜ、を知りたがることは最も嫌がられることの一つだったから。でもあの人は少し意地悪に微笑んだだけだった。
「なぜだと思う?」
「わからないわ」
「そうか。考えることは忌むべきこととしたからね、この僕が」
 あの人はそう言いながら、また笑った。その笑顔を見て、なるほど彼は神様ではなく悪魔に違いないと思った。

 それ以上のあの人のことは、何もわからなかった。だから私は、知りたいと思った。
 この気持ちが罪なら、きっと悪魔の彼に魂を取られるだろう。でも、それでも構わないと。

 それから私が彼について知れたことといえば、好きな食べ物とか、意地悪が癖なこととか、ずっと何かを探していることくらいだった。
 私は神様ではなく、悪魔でもなかったから、「一緒に行くか?」と聞いた彼に、全てを擲ってついていくことはできなかった。

 少しの後悔と未練と共に、あの日から私は長くを生きた。

 時々こうして思い出すのだ。彼のことを。そして、好きなものや求めているものがある、ただの普通の人間の彼に思いを巡らせるのだ。

1/15/2026, 10:55:41 AM