安らかな瞳
恋に落ちている
そう気がついた時には手遅れだった。
『勇者ヒンメルならそうした』
ことある事にささくれの様に胸に刺さるトゲを残した男が残した忘形見は何処までも波紋ひとつ起こらなかった心に師と同じように小波を起こす。
エルフと人。
悠久を生きる者と刹那を駆け抜ける者。
相容れない筈の二つの種族を繋げていた既に去った筈の青い愉快な男のカケラが胸を静かに焦がし続けている。
此度の旅にはかつてのような理由がない。強いて言うならば、この焚けるような静かな熱の理由を知るための旅だった。
人の時間は短い。
呆気ない程に早く過ぎる。
たった10年ともう10年。
これ程までの断崖を失わないと気がつけなかった。その後悔を味わう勇気はなかった。
『フリーレン様』
いつもの美しく流れるような長髪は
今日はしっかりと結ばれ純白のヴェールが隠していた。
勿体無い。せっかくの綺麗なクレチマス色の髪が見えないのは。
珍しく化粧をしているのだろうか。
薄桃色の頬に映える唇は幸せそうに弧を描いた。
人の時間はこんなに流れるのが早いなんてこと、近くにいなければ知らなかった。これもまた、知ろうと思って初めて知った事。
『似合ってる。あの生臭坊主もそういう。綺麗だよ。』
目を細めて微笑んだ。
その姿は蛹から蝶に飛び立つ姿そのものだ。
人の時間は本当に早い。あの子供が。
まるで濁流に飲まれるようだ。
静かな教会に鐘の音が鳴り響く。
少人数しかいないチャペルでは
神に愛を誓い合う二人を祝福するかのように
穏やかな光が差し込んだ。
色とりどりのステンドガラスに
見守られ二人は永遠の愛を誓う。
跪いて指輪を差し出す。
細い指に通される美しい指輪は
遠い記憶を呼び覚ました。
あの時、あの人がなにを言おうとしたのか。
今更ながらに知るなんて。
記憶にあっても意味とつながらなかったことも
知ろうとしなければ知らなくて済んだ。
頬を伝う涙は誰のためか。
『フリーレン様?!』
慌てたように振り返る新婦をそっと手で制す。
大丈夫、ごめん違うんだ。
涙を拭って微笑む。
あぁ、人の時間はあまりにも短い。
エルフの時間は長過ぎる。
惜しむ時間すら足りない残酷さも
知ろうとしなければ知ることもなかった。
『あまりに美しすぎて目に沁みたんだ。』
勇者ヒンメルならそう言う。
胸に刺さる痛みを抱き締めて
これが恋だと初めて知った。
3/14/2026, 11:06:35 AM