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「終わりにしようか」

私が放った言葉は彼女の耳に届いただろうか
おそらく、届いていないが
それで良い

奏でられているような波の音が響く海岸
水平線は幻のように美しく揺らめき
波は光を反射し宝石のように輝く

我が愛しき人は
その絵画のような景色の中、
女神のごとく佇んでいた

ふと彼女が振り向くと
その横顔から後光がさす
不意に目がくらみ私は顔をおおった

その時、私の耳に届いた言葉は
おそらく私の勝手な願望、白昼夢だろう

少しだけ俯いたあと、
手をおろすと、
彼女が駆け寄ってくる

形の良い唇が勢いよく
私の耳元によったかと思えば
「さっきの聞こえた?」

「ううん、なんの話しだった?夜ご飯の話?」
「違うよ、ちゃんと聞いていて」

彼女が小さく息を吸う

ああ、本当にずるい女だ
私の最愛の人、唯一の女神
この人の最愛は私では無いのに
私を離そうとしてくれない傲慢さよ

「終わらせないで、そばにいて」

彼女の目は澄んで煌めいている
私からの愛情と、
他からの愛情をたっぷり受け取って

「あなたが、
私だけのものになってくれるなら」
そう言うと彼女は目を大きく見開き、
私を黙って見つめた
永遠かのように思われるほどに
長く、尊いその時間は、
機械的なコール音により断ち切られた


その日の夜、
私はあんなに綺麗だった波の音も
夢のような空気感も全て思い出せないまま
不愉快なあのコール音だけを
耳の奥に響かせながら布団を被った

11/28/2023, 2:44:53 PM