/やるせない気持ち/
花ちゃんが死んだ。
スマホをぼーっと眺めていたら 6時半のアラーム通知がきたから、すぐにスワイプをして消した。今日も高校は休むけど、なんとなく区切りの為に朝のアラームはつけたままにしている。花ちゃんがこの世から居なくなって4日目の朝。
夜も朝もやることは変わらない。ただただ、インターネットに無数にある見ても見なくても良い文字列を、布団の中から追っていた。要らない情報で頭を埋めると楽な気がした。なにより、これをずっとしていたらそのうち頭がキャパオーバーして、いつの間にか気絶したように寝れるのだ。寝るために寝ることはあの日から出来ていない。だから、私にとっては必要な事だった。
*
「ねー連弾しよ!」
「いいよ〜」
私たちはいつものように1つのイスを2人で座った。花ちゃんは左側で、私は右側。ピアノ教室のピアノは窓から光が差し込んで、いつも優しく光ってたから好きだった。
ドと先生が印をしてくれているところに親指を置く。
「今日はどんな曲にする?」
「どうしよっか。今どんな気分?」
「えー、楽しい気分」
「私も」
じゃあそれで。と、いつも適当に曖昧にテーマをつけては2人でピアノを弾いていた。
私は楽しい気分のイメージはドとミを一緒に弾いた音な気がしたから、その音ばかりを使って弾いた。花ちゃんはアップテンポがそのイメージらしく、ダダダダと勢いよく弾いていた。めちゃくちゃだったけれど、2人の中では正解の音楽だった。
途中でどっちかが歌い出したり、2人共気に入ったフレーズを作れたら繰り返し繰り返し弾き続けて。
雨の日は雨の曲を作った。星をテーマにして作った時もあったな。小学校の先生にムカついた怒りの曲や、犬可愛いって曲も作った。
目まぐるしく流れる演奏。2人分の小さい背中。笑いあっている横顔が遠くなっていく。
あ、これ夢だ。
*
薄らと目を開けた。静かな部屋とは裏腹に、耳ではピアノが鳴り続けている。
私は勢いよく体を起こし、部屋の隅にある電子ピアノに向かい合って座った。
ドとミの和音。それをきっかけに続けて指が勝手に動く。あぁ、あのフレーズだ。
覚えてる。弾けてる。これは楽しい気分の曲だ。
何やってんだろう、本当。
喉がしまったように苦しくなって、熱いものが目から零れ落ちる。演奏の手を止めて、鍵盤を思い切り叩きつけた。部屋中に金切り声のような不協和音が響いた後、その勢いのまま狂ったようにまた、ピアノを弾いた。ただ今の気持ちのままに自由に苦しく。
やるせない気持ちは、言葉のイメージよりもずっと意味の分からない音になった。でもこの方が正しいと思う。変えられないものを前にして、変えたいと思い続ける行為なのだから。もうどうしようもないって分かってるのに。
生き返らせることなんて出来ない。二度と会えない。ピアノを弾けば弾くほどそう実感していく。私の中の生きる力が萎んでいく感覚。
この最低な感覚も全部全部、音符に変えて、ただただ弾いた。
長い演奏を終えた後、私はイスの右側に座っていたことに今更気がついて、少し笑った。
8/24/2023, 2:46:39 PM