題 凍える指先
寒くて仕方ない
それはそうだよね。
だって今私は外にいる
雪が頭にぽつりぽつりを積もっている感覚を感じる。
このまま風邪引けたらいいのになぁ。
学校休めるし。
なんて思いながら空を見る。
灰色の空。
憂鬱な、暗い暗い気持ちとリンクする空色。
ホワイト・クリスマスなんて陽気に過ごしてるみんなには嬉しいことなんだろう。
私にはなにもないから。
友達だっていないし、楽しいことだってないし、
学校だってつまらない。
暗い思考が頭の中を巡る。
なぜここにいるのかな?
何度も問いかけた質問。
なぜここで私は生きてるんだろう。
私がいてもいなくても
世界は普通に回るのに。
なんて、そんないつもの思考パターンになってしまう。
「危ないっ」
ボーッと私が上を向いていると、誰かがぶつかってきた。
「わっ」
よろけたわたしの手を掴む暖かい手。
「ごめんね、だいじょーぶ?沢さん」
その手の持ち主を見ると、同じクラスの小島 ゆきさんだった。
陽キャだ。
私とは相容れない人だわ。
「だ、大丈夫っ」
私は直ぐに握られた手を離して、答える。
「急いでて、ほんとにごめんねっ」
小島さんはサラサラした綺麗なロングヘアをきらめかせて私に微かに頭を下げて手を合わせて謝った。
「こっちこそ、ボーッとしてたから」
私は慌てて顔を横に振る。
そんなに謝られたら恐縮してしまう。
「急いでるなら、早く向かってね」
私は、小島さんの急いでるという言葉に、そう促した。
「うん。ありがと⋯ねぇ、でも、何かあったの?なんか元気なさそう」
小島さんは頷いてからわたしの表情を伺って、心配そうな眼差しでこちらを見つめる。
「いや、大丈夫だよっ、小島さんこそ、ごめんねっ、私なんかにぶつかって時間無駄にしたでしょ、ほんと迷惑でしかないよね」
なんて。
自虐しか出てこない自分の思考。
小島さんも困るのにと思うのに、思考を変えることが出来ない。
「迷惑?っていうかラッキーだった!」
そんな私の耳に、小島さんの意外な一言が入ってきた。
「え?」
私が聞き返すと、小島さんが微笑む。
「あのね、沢さん、いつも本読んでるでしょー?あの本私も好きなの!だから、本のことについて語りたいと密かに思っててっ!でもなかなか話しかけられなかったんだよねー!」
小島さんの周りだけぱあっと光がさしたみたいに。
なんだろう、これ。
眩しいくらい明るい空気感だ。
「透明な王国、読んでたよね?沢さん」
重ねて、そう言われて、私は答える。
「うん、好きなシリーズで⋯⋯」
「やっぱりー?話しかけられるの嫌かなって思いながらも、いやでも話したいなって思っててね、そうだよねー?あのシリーズいいよねっ!好きな人が周りにいなくて、沢さんがあの本読んでの見た時うずうずしちゃったよ!」
瞳をキラキラさせて語る小島さんは可愛くて、どこか私とは別の世界の人みたいだ。
わたしの周りのオーラは暗いんだろうな。
私と話してたら、どうせ小島さんたってガッカリする。
私みたいな暗い人と話してたってつまらないに決まってるんだから。
「でも、小島さん、友達沢山いるから、無理に私と話さなくても⋯⋯」
私は彼女のキラキラオーラに怖気付いて、そう言ってしまう。話したくない訳じゃないけど、嫌われたくなくて。
「そんな事言わないでー。あ、沢さんが話したくなかったらいいんだけど、私はすっごーく沢さんと話したいの!だから、今度話さない?沢さんがもしみんなで話すの苦手なら、2人で話そうよ」
私の言葉に気を悪くした様子もなく、小島さんは笑顔でそう提案する。
なんか⋯彼女の雰囲気が好きだな。
そう思った。
私を馬鹿にするでもなく、思いやってくれて、本当に本のことについて話したいのかなって。
私も話してみたいって気持ちに心が揺れた。
小島さんの言葉と雰囲気に自然と気持ちが緩んでいたんだ。
「⋯小島さんが迷惑じゃなければ」
気づいたら私はそう言っていた。
「迷惑なわけないー!えー、嬉しいなっ!じゃあ明日お話しようね🎶あっ、遅刻だわっ!急がなきゃ!!またねっ、沢さんー!」
私の肯定の言葉に、満面の笑みでそう慌ただしく言うと、小島さんは急ぎ足で駅の方へと向かいながら私に手を振った。
私は手を振り返すべきかどうか迷いながら、中途半端な高さに手を持ち上げたままでいる。
⋯⋯嵐が去った。
って言うのが正直な感想だった。
でも、嫌な嵐じゃない。
学校でも人と関わるの苦手な私には
特殊な出来事だった。
しかもこんな道の真ん中で。
ふと空を見あげた。
灰色の空から、白い雪がポトポトと落ちてくる。
とめどなく落ちてくる。
明日なんて
希望なんて
そう思っていたのは何分前?
それでも
そんな気持ちは
いつか変わって行くことだってある。
だってほら
今見上げる空は
全然暗く見えない。
何でかな。
ほわほわとるんるんと雪が踊っているように見えるの。
私は知らぬ間に微笑む。
小島さんと仲良くできるのかどうか分からないけど
でもね、こうして1つの出来事が心をこんなに変えることが出来るのなら。
まだ、私にはたくさん出来ることがあるんじゃないかって思ったんだ。
自分を楽しませること、喜ばせることが。
なぜだか分からないけど
小島さんのあの明るい空気がそう思わせてくれたのかもしれない。
予想外に明るい気持ちになったことに戸惑いながら。
それでも、そんな自分の感覚を楽しんでいる自分を感じながら。
私は、そのまま空から降る雪を眺めていたんだ。
指先の冷たさすらも心地よく感じながら
12/9/2025, 2:34:23 PM