ある日の夕方、公園で遊んでいた子どもたちの姿も消えて宵闇が迫ろうという頃
肌寒い季節というのに肌着の上下だけを身につけて
折れた傘を引きずり うなだれて歩く男の子がいた
同じところを行きつ戻りつしている
小学校に上がるか上がらないかの年ごろで
この時間に一人きりでいるのを不自然に感じて思わず
「どうしたの?」と声を掛けた すると
「傘がこわれちゃったんだ、帰ったら父ちゃんに殺される」
「きっと傘のことよりも、帰りが遅いことを心配しているよ、おうちまで一緒に行こうか?」と言うと 「うん」と すがるような眼で見る
心細げな手を繋いで行くと、家はさほど遠くではなかった 門の呼び鈴を鳴らしても返事はない
家の窓からは明かりがもれている 再び鳴らしてみる
「鳴らしても出てこないよ、こうするんだよ」
彼はそう言うと門を入り 玄関の扉を小さな拳で
トントン トトンと叩いた
固く閉じているように見えた扉が すっと20センチほど開いたと思った瞬間 中からのびた手が彼の腕を掴んで引き入れて扉は閉じた
ただいまもお帰りなさいもなく、ただ閉じた扉の前で
当惑していたが ともかく送り届けられはしたのだからと自分に言い聞かせてその場を後にした
あれでよかったのか、他にできることはなかっただろうかと気に掛かり その後何年も経った今もあの日の彼の姿と折れた傘、眼を忘れられない
「忘れられない」
#100
5/9/2023, 12:24:12 PM