暗い部屋の中、煌々と光るモニターに流れるエンドクレジットをぼーっと眺めていると、突然部屋の灯りが全て光り、明るい声が飛び込んできた。
「ねぇそこの少年!夏、満喫しない?」
「へ?」
「ほら、ゆじくんって今、身を隠して生活してるから、お天道さまが出てる間は外に行けないでしょお?
せっかくの夏も楽しめないと思ってぇ、ぼくが夏満喫セットを中途半端に持ってきてみましたあ!」
明るい声の持ち主、来曲がじゃーんと効果音を口に出しながら、両手の大荷物を持ち上げる。
「マジで!?サンキュー先生!…でも中途半端って?」
「まぁまぁ見てくれればわかるよぉ」
荷物を床に置き、がさごそと漁ってから、一つずつ何かを掲げていく。
「まずはぁ……浮き輪!」
「おぉ!夏っぽい!」
「ただ、海もプールも行けないので使い道がないです!
次は…虫取り網と籠!さぁこれは使えると思う?」
「虫がいないと使えない?」
「ぴんぽーん!せいかーい!部屋の中に出るような虫は捕まえなくて結構です!
そして次!手持ち花火セット!」
「おっ!これは夜にできねぇかな!?」
「できるかもしれないけど、チャッカマンもライターもマッチもろうそくも持ってない!…コンロで火付けるぅ?」
「えーっと火事になると思うから保留で!先生、次は?」
「次はぁ…なんと!かきごおりき〜」
「やっべぇ!かき氷機は使えるっしょ!」
「残念ながら、氷を忘れました」
「あー…ここの冷蔵庫も氷なかったわ…」
「って感じでね、中途半端な物しか用意できなかったから、今日は夏楽しめないんだぁ…ごめんねえ」
「いや、こんなに用意してくれたので十分だって!」
「…あ、でもこれはいいと思って!はいっ」
底をついたかと思った荷物の袋から来曲が最後に取り出したのは。
「麦わら帽子?」
「うん!まぁこれも本来は暑い夏に適してる帽子だからぁ、こんなクーラーの効いた部屋じゃ意味ないんだけどぉ…ほら、頭かして?」
ぱさりと頭の上から音がして、薄い影がそそがれる。
「…うん!麦わら帽子、ゆじくんは絶対似合うと思ったんだよねぇ!」
満足げに笑う来曲が、影の下に入ってきて、麦わら帽子を動かす。どうやら位置を整えているらしい。
虎杖は少し気恥ずかしくも、そのまま動かず身を任せる。
「幼い頃ね、夏になると、近所の子が麦わら帽子を被って、楽しそうな声をあげて走って出かけていくのを家の窓から見てたんだぁ。あぁ夏だなぁ、楽しそうだなぁって」
来曲の指が、ふわりと帽子のつばをひと撫でしていく。
「ってごめん、これじゃあ夏を感じてるのはぼくの方だねぇ…はい、カンペキ!」
そう言って離れていった手の跡をなぞるように、虎杖もそっと思い出を辿る。
「小学生の頃 、夏にじーちゃんが麦わら帽子買ってくれたんだよね。すっげー嬉しくて、その夏どこに行くにもかぶってたら、枝に引っ掛けて脳天のところ、穴空いちゃって。」
あの日の情景が、ぼんやりと頭の片隅に蘇る。
「大泣きしながら家に帰ったら、泣くんじゃねえ!これぐらいすぐ直してやる!ってじーちゃんからゲンコツ食らって。ちょっといびつだったけど本当にすぐ直してくれて。痛いやら、嬉しいやら…ってのが俺の夏の思い出」
あの麦わら帽子はどこへやっただろう。
ちゃんと取っておけば良かった、なんて今更で。
「ふふっ、すてきなおじいさんだねぇ」
「…いや素敵か?ゲンコツだよ?」
くふくふ笑う来曲に改めて向き合って感謝を告げる。
「でも、麦わら帽子で早速夏を味わえたよ。ありがとな、先生」
「えへへ、ならよかったあ」
そう笑う来曲も、夏を感じてもらえたならよかった、と虎杖は思った。
「あっごじょーセンセ、この後帰ってくるってぇ!氷頼んじゃおうか!」
「え?いいんかな?ついでにシロップもないけど」
「うーん、じゃあ適当にジュースも買ってきてもらお!だめだったら砂糖水かけて食べよ!」
「砂糖水!?かけたことねぇ…うまいの?」
「うん!シンプルながらにおいしいよぉ」
「へぇー!ならシロップなくてもそれで食べてみたい!」
「じゃあ砂糖水作って待ってよ!お砂糖どこにあるっけ?」
「あーそっちじゃなくてこっち」
「あっ!浮き輪付けながら、サメ映画見るってのはどお?夏っぽくない?」
「いいけど、五条先生チョイスのサメ映画、海出てくるのあんまないよ」
「え!?サメなのに海舞台じゃないの?!」
「最近俺が見たのは、台風が舞台」
「た、台風…?どうやってサメが関連するの…?」
「来曲先生、サメ映画あんまり観たことないっしょ」
「うん、有名どころ1,2本くらいかなあ」
「サメ映画は、なんでとかどうしてって考えちゃだめなんよ、フィーリングが大事」
「サメ映画で悟り開けるの!?」
こうして夜が更けても、海も太陽もなくても、夏は楽しめることを、虎杖は教えてもらったのだった。
【麦わら帽子】
8/11/2024, 1:37:33 PM