「空白」
「 」
貴方はなにも言わない。
そうなったのはいつからなのだろう。
気がついたときには。貴方はもう。
なにも聴こえなくなっていた。
貴方の夢は絵本の作家さん。
いつか子供たちに自分の絵本の読み聞かせをするんだって言っていたわ。
そしていつか耳の聴こえない人達にも読み聞かせをして声を届けたいっていつも言っていたわね。
今の貴方はストレスによる難聴になってしまった。
今はもう叶わない夢なのかしら。
「ずっと前から貴方のことが好きだった。」
愛していた。
今さら私がそう言っても貴方はなにも聴こえない。
虚しいけれど。悔しいけれど。寂しいけれど。
今さらどうにもならない。
もう一度。もう一度だけ。私に笑いかけて欲しい。
あの日のような笑顔を。私の好きだった笑顔をまた見せて欲しい。
聴こえなくなってからの貴方のなにも感じていないよな顔が私は少し苦手なの。
私は子供が苦手だった。
いつもうるさくて言うことをきかない。
でもいま思うとうるさいと感じたのも全て私には音が聴こえていたからで、聴こえない人にとってはうるさいとも感じることが出来ない。
私はきっと恵まれていたんだわ。
貴方との出会いは職業体験の時だった。
保育園の体験で私はめんどくさいと思っていた。
でも貴方は楽しそうに本の読み聞かせをしていたね。
聞いている子供たちも読んでいる貴方もとても楽しそうだった。
子供と貴方の笑顔をみて私まで楽しくなっちゃったもの。
私はきっとそこで貴方に恋に堕ちたのね。
耳が聴こえなくなったら貴方はきっと読み聞かせをしなくなる。そういう人だって私はよく知っている。
でもね私が読めば貴方も楽しめるのではないかしら。
貴方が本を書いて私が読む。
貴方のためなら私は子供のことを好きになれそう。
こんな私でも貴方のためにできることがあるなら喜んでするわ。
だって私は貴方に心底惚れているんだもの。
下を向くのはもうお仕舞い。
上を向いて歩けなくても前を向いて歩くの。
貴方の世界にはまだ私がいてあげるから。
私が貴方に愛を告げるのは前を向けるようになってから。
まだ焦らなくても良いよ。
ゆっくりで良い。
私と貴方の世界はまだまだ続いていくんだから。
「空白」はきっといまからでも埋めていける。
9/13/2025, 3:06:36 PM