神崎たつみ

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#子どものままで

 いつも通りに目が覚めて、いつも通りにランニングに行こうと廊下を歩いていると、何やら声が聞こえて来た。どこの部屋で騒いでんだ? こんな早朝から?
 疑問に思いながらも、何か面倒ごとに巻き込まれても厄介だ。そう思って早々に外に出ちまおうと歩みを早めた直後。ガチャガチャと間近の部屋のノブが騒がしく音を立てた。
 びくりと思わず身を竦める。足を止めると同時にそのドアが開いた。
「すまない……! あ、漣か」
「あ、おはようございます……」
 反射的に挨拶の言葉を発し、オレの視線は自然とその足元へと落ちた。
 そこには小さな子供がいたから……。
「あ、ええと、守沢先輩……誘拐は、不味いっすよ……」
「ち、違うんだ!」

 慌てた様子の守沢先輩と乙狩さんに引き摺り込まれて部屋の中に入る。部屋のソファに案内され、例の小さな子もどこか無感動な表情をしたままオレの横に座っていた。巻き込まれたくなくて早く出ようとしたのに結局面倒ごとに巻き込まれてんじゃねえか……。
 そこでふとオレは気が付いた。
「遊木さんはいないんですか?」
 オレの問いに守沢先輩と乙狩さんは顔を見合わせる。そして、それに応えるべく代表して守沢先輩が口を開いた。
「それが、遊木のベッドにこの子が寝ていてな……。何事かと思って慌てて乙狩を起こしたのだが」
「……ゆうきまことです。いつもおせわになっております」
 突然ロボットのように子供が挨拶の言葉を発する。その内容が理解出来なかったけれど。
「遊木さん?」
「はい。ぼくはゆうきまことです。いっしょうけんめいがんばります」
「え、何を?」
 オレの問いかけがわからない、と言いたげに首を傾げて、きゅっと小さな手でオレの指を握った。その様子を見ていた二人はまた顔を見合わせる。
「さっきもその子供はそう言っていた。あまり信じたくはないが、その子供は遊木なのではないだろうか」
「まさか、とは思うんだがなぁ。俺もその可能性に行き当たるんだよな。名前を出すと、まるでそうプログラムされているみたいに名乗るんだよ」
 弱りきった様子で二人は何故かオレの指を握ってにこにこと笑みを浮かべている『ゆうきまこと』へと視線を向けた。
「『ゆうき』さん」
「はい」
 笑顔のまま首をこてりと傾げてオレを見上げる。可愛すぎないだろうか……? よくよく見てみると、遊木さんの面影しか見当たらない。確かにあまりにも非現実的過ぎて信じたくはないが、遊木さんのような気がして来る。
「今日遊木さんは仕事あるんですかねぇ? ご存知です?」
 問えば、守沢先輩が「予定はない、と昨日言っていた」と返してくれた。
 オレが名前を出したからなのか、きょとんとした丸い目がずっとこちらを向いている。自分のことを話しているのはわかるのだろう。そっと片腕で小さな『ゆうき』さんを持ち上げてオレの膝の上に乗せた。「わぁ」と小さな歓声をあげたのが聞こえて何だか胸の内側がむずむずとしてしまう。
「オレも今日は空いてるんですよ。この子が本当に遊木さんでも、親戚の子でも、面倒見ますよぉ」
「いや、しかし……」
「それは助かるが……」
 やはり二人は渋る。どちらも責任感が強いことは知っているから、ただ通りすがりのオレに任せるのは申し訳ないと思っているのだろうから。でも。
「寂しいっていう感情がわかんねぇ子供の気持ちはわかるんです。自分がそうだったんで」
 だから子どもの頃の自分を慰めたくなったのかもしれない。わからないけれど、不安な色を浮かべた『ゆうき』さんを放っておけなかった。
 見下ろしたオレの視線と小さな『ゆうき』さんの視線が合った。その目からちょっとだけ不安が薄まったような気がした。

5/13/2023, 9:33:44 AM