くまる

Open App


-ねぇ、この学校に誰にも開けられない教室があるんだって。

なんて噂が流れているが、旧校舎の13階北の端に、その教室はある。その部屋で、ユウヒは今日も本を読んでいた。寝転んで読めるように、大きなクッションを持ち込み、床は掃除魔法で定期的に掃除している。部屋には結界魔法を三重にかけ、物理的に錠もかけているが、そもそも扉が見つからないように、廊下を短く見せる魔法もかけてある。こうすれば、その先に教室がある事自体を隠せる。まぁ、旧校舎、しかも寒い北側に用事のある奴なんかほぼ居ない。ユウヒはここで一人の読書タイムを毎日楽しんでいる。
今日の本は、街で買った恋愛小説。何がいいのか分からなかったが、この世の本をひとつ残らず読み切りたいユウヒにとっては避けられない本だった。

コンコン

その時、誰にも見つからないはずの扉から音がする。

『ユウヒ〜?』

声の主は、同級生のニシだった。ニシは、ある日、図書館に居たユウヒに声をかけてきた、変わり者である。変わり者だと、ユウヒは思っているが、同じクラスで授業を受ければ、何でもそつなく熟す優等生。そんな優等生が、何の用だ。そもそも、どうして此処が分かった?ユウヒは息を潜める。

『困ったなぁ。ソワレ、本当にココ?』
「ソワレ!」

ユウヒは、大事な使い魔ソワレの名前を聞いて、慌ててドアを開ける。無理やり情報を聞き出すために、酷い扱いを受けているかもしれないと思ったが、ソワレは、ニシの肩に何事も無く乗っていた。

「やぁ、ユウヒ。探したよ。」
「てめぇ!ソワレに何しやがった!!」

ユウヒは、ニシの胸ぐらを掴む。

「道案内をお願いしただけだよ。ソワレならユウヒの場所が分かるって聞いたから。」
「ソワレ?」
『そうなの。ユウヒを探して、寮の部屋まで来てくれたから。』

ソワレは、トトトっとユウヒの腕を登って、ニシの肩からユウヒの肩へ。

「この本、返したくて。君の私物だろ?」

ニシが取り出したのは、分厚い魔導書。瞬間移動魔法の原理を分析解説した本だ。瞬間移動についての本は無いかと聞かれ、教えてやった本の一冊。

「寮に置いときゃ良かっただろ!」
「まぁ、ソワレに会っちゃったから。ね。」
『ね。』

ニシは、いつの間にか、意思疎通魔法を使ったらしく、ソワレと仲良さそうに会話している。ユウヒは、大きくため息をついた。

「それにしても、すごい部屋だね。」

ニシは、教室の中を覗き込む。そこは内装の決められた寮の部屋よりも、よほど自由で過ごしやすそうな空間だ。大きな敷物にソファーサイズのクッション、お菓子とお茶が置かれた棚に、冷蔵庫、お湯を湧かせる簡易キッチンまである。

「うるせぇ。用が済んだなら帰れ。」
「お邪魔します。」
「ちょ!勝手に入るなよ!」
「ちゃんと、お邪魔しますって言ったろ?」
「許可してねぇ!」
『どうぞ。狭いところですが。』
「ソワレ?」
「狭くなんか無いよ。充分、広い。お茶を入れても?」
「勝手に触んな!」
『わたし、ミルクがいいわ。』
「あー、冷蔵庫にあるかな?」
「ソワレ!」

ユウヒの肩に乗ったソワレは、ユウヒの顔に手をつく。

『いいじゃない。友達は、居た方がいいもの。ニシは良い人よ。私が保証する。』
「……。」

冷蔵庫を勝手に覗いていた、ニシが顔を上げる。

「ミルクは切れてるみたい。待って、俺の部屋にあるかも。」

そう言うと、ニシは祝詞を唱え、マントの中からミルクの入った瓶を取り出す。

『わぁ!どうやったの?』
「あー、俺、ズボラだから。どこに居ても取り出せるように、冷蔵庫を魔法棚に改良してて。」

魔法棚とは、魔法陣を書いた棚の事。魔法陣の上に乗せた物をマントで自由自在に、取り出したり戻したり出来る。難易度高めの魔法を使うニシを見て、ユウヒはやっと肩の力を抜く。

「お前、マント魔法『だけ』は得意だよな。」
「あはは。まぁね。ついでだから、僕らもミルクティーにしよう。ユウヒも飲めるだろ?」
「……。」

ユウヒは、こくりと頷く。むしろ、ミルクティーは好きな方だ。仕方ない。念の為、錠を閉めて、結界を張り直す。部屋の温度が少し上がって、紅茶のいい匂いが漂い始めた。まぁ、今日だけだ。紅茶を飲み終わったら、即刻退場願おう。

「さぁ、出来たよ。机と椅子は、これでいっか。」

教室の隅に積み上げられた、学習机と椅子を下ろして、掃除魔法をかけているニシ。時に強引なこの男と友達になんかなれるかよ。そんな気持ちで、ユウヒは席に着く。ニシの淹れたミルクティーは、とても美味しかった。まぁ、今回の件のお詫び位にはなるか。二人と一匹は、ティータイムを楽しむ。

マント魔法の得意なニシが、瞬間移動魔法で、この後、何度もこの教室にやって来る事を、ユウヒは、まだ知らない。

3/9/2025, 4:23:34 AM