気がつくと、視界は白い霧で奪われていた。森の中を歩いていた筈だが、木すらもよく見えない。足の感覚を頼りに川沿いを歩く。
次第に霧は薄くなり、彼岸花が群生しているのが見える……ふとここは彼岸か、などと思い足が止まった。
見られている──そう直感して視線の主へと顔を向けた。目を凝らす……其処には、俺が殺した時のままの彼女がいた。
これは、夢だ。そう思うより他ない。確かにこの手で、短刀を胸に突き立て殺したのだから。流れ出るあたたかい血も、弱くなっていく彼女の呼吸も確認した。そして炎の中に捨て置いた。俺が殺した。俺を恋い慕っていた彼女はあの瞬間、誰にも汚されることなく綺麗なまま、永遠に俺のものになった。
だが、俺はどうだ?
彼女が欲しくて欲しくて、仕方なかった。その瞳を抉りだしたい衝動にいつも駆られていた。俺を心中に誘ったその潤んだ瞳に魅入られた。
そう、ただ欲しかっただけだ。
「俺は、アンタを愛していない」
嫌がる彼女の腕を掴んで、思いの丈をぶちまけた。こんな告白、する予定などなかった。顔が熱い。
彼女は今更だと呆れて笑った。柔らかく微笑んだ。恋焦がれた瞳に涙を浮かべて。
「いつかまた、会えるわ」
目が覚めると森の中だった。木にもたれかかるようにして寝ていた。
夢かと思ったがそうでもないらしい。
唇に蘇る彼女の熱は、確かに本物で現実だった。
そしてこれで永遠の別れだと悟った。
【夢と現実】
12/4/2023, 11:38:20 AM