《喪失感》
皆で力を合わせ邪神を倒し、過去に喪われた全てを取り戻したあの時。
旅の仲間の心に住まう貴女が、元の世界へ帰る時が来た。
旅の仲間は、言っていた。
自分が貴女を呼んだのではない。
貴女が皆を、僕達を求めていたのだ。
探している大切なものは、きっと貴女の世界で見つかる。
だから、ここで別れよう、と。
彼女がその時に何を思ったのか、僕には知る術は無い。
それでも僕は心の底から彼女の幸せを願い、笑顔で今までの礼と別れを告げた。
他の仲間達も同じ気持ちだったのだろう。皆思い思いの言葉で彼女を労い、幸せを祈る言葉を伝えていた。
遥か遠い、決して交わらぬ世界。
そこで生きる貴女は今、幸せだろうか。
探しているであろう大切な何かを、無事に見つけ出せているだろうか。
闇の眷属に蹂躙され疲弊しきった帝国の復興に従事しながら、僕は彼女の幸せを願っていた。
人手も足りない。恵まれぬ環境下での日々の生活が如何に過酷かの経験も無い。
まずはそれを埋めるべく、僕は住民区の土木や建築の作業に加わっていた。
軍での訓練の経験も活き、作業を順調に進めながら色々な人と交流を深めた。
そこでやはり実感したのは、全ての人々の生活を良くするならば然るべき地位に就く必要があるという事。
旅の仲間にその地位が向いていると言われた時は、自分にその資質があるとは感じられなかった。
しかし、そのような弱腰では何も解決はしない。
幸いな事に、僕の家系は代々帝国に仕えてきた家柄だ。一定の地位に就く資格は十分に備えている。
そして先の邪神討伐の件もあり世間の目も上々な事も手伝って、無事に帝国の上層部に就く事が出来た。
ここまで来れたのは苦しんでいる帝国の人々を救いたいという僕自身の希望も勿論あるが、かつての旅の最中に貴女が伝えてくれたたった一言が支えにあったからだ。
『信じてます。』
未だ帝国の術に操られ邪神復活への手助けをしてしまうのではないかと己を全く信じられなくなっていた僕に、旅の仲間の中に住む貴女は彼の中で真っ直ぐに答えたそう。
それだけではない。
彼女は、僕が今まで受けた心の傷から無意識に敵にそれを爆発させてしまうという暗く重い部分まで受け入れてくれた。
旅の仲間が言うには『むしろそこがいい』との事だったらしく、他の顔ぶれは入れ替われど戦いはずっと僕に任せてもらえていた。
どうしてそこまで僕を受け入れてくれたのか、その理由は全く分からない。
それでも無条件で僕を信じてくれる人がどこかにいるという事実は、家族も乳母も全て喪った僕には途轍も無く大きな支えだったのだ。
そして、あの別れからちょうど一年が経過した時。
僕は、気が付いてしまった。
そのどこかというのは、決してこの世界ではないのだと。
貴女がどこかで呼吸をしていても。何かを見ていても。
咲っていても。
強く望んでも、それを見て感じる事は叶わないのだと。
知っていたはずだ。分かっていたはずだ。
理解していた上で、あの時僕は笑顔で彼女の幸せを願い、別れを告げたはずだ。
それだけではない。そもそも彼女とは決して出会う事は叶わないのだ。
旅の最中も仲間の口を借りて話せただけで、姿形すら知らない。
なのに何故。どうして今、それに気が付いてしまったのか。
僕の目からは、涙が一粒零れた。
それは、心の奥底から溢れ出した喪失感の代わりのように。
たった一粒。
だが、喪った大事な人達を悼んで以来泣く事がなかった僕にとっては大きな一粒だった。
その一年遅れの喪失感から、更に二年後。
彼女を名乗る少女が現れた。
ただし、闇の眷属に魅入られた者と同じ髪と瞳の色を持って。
どこからその情報を手に入れたかは知れないが、もし帝国を、世界を害しようものなら容赦はしない。
しかしその行動からは、全く忌まわしさを感じられない。
それどころか、僕に対する真摯な信頼さえ感じられる。
どうしてそこまで、この僕を信用するのか。
帝国復興への忙しなさか賑やかになった生活故か、心の喪失感は薄れてきている。
今は帝国の、世界の未来を守るため、僕は自らの信念を直走る。
気が付けば必ず、その少女の笑顔を連れ添って。
9/11/2024, 6:31:29 AM