Ring Ring…
その日は、部活が長引いたせいで、地元の最寄駅に着く頃には23時をだいぶ過ぎていた。
私は家から電車で1時間半かかる高校に通っており、尚且つ、ど田舎という事もあり、電車は1〜2時間に一本。いつも乗っていた20時台の電車を逃せば、次は22時の電車しかないのだ。
すっかり電車のことなんて忘れて、自主練に取り組んでいた私は、見事に20時の電車を逃してしまった。
そういうわけで、最寄駅に着いたのは日が変わる少し前。遅すぎるため母が駅まで迎えに来てくれると言うので、大人しく駅舎で待つ事にした。
毎日使っている駅も、夜中になれば少しいつもと雰囲気が違って見える。勿論、改札もない田舎駅なので、駅舎の中にある窓口もとっくにシャッターを下ろしている。
完全に一人ぼっち。
スマホでもみて時間を潰そうかとした瞬間。
「Ring! Ring! Ring!!!」
けたたましく鳴り響く音に、びくりと肩が跳ねた。心臓も大きな鼓動を打っている。
「な、なに!?」
すぐさま音の出所を探すと、駅舎外の自動販売機の横に設置してある電話ボックスの中からだった。
今時珍しい公衆電話だ。
「え、なんで…?」
公衆電話の使い方は一応知っているが、電話がかかってくるとは聞いたことがない。
私が知らないだけで、そんな事もあるのだろうか…?
そんな事を考えていると、急にぴたりと音が止まった。
「止まった…?」
少しだけ胸を撫で下ろした瞬間だった。
「Ring! Ring! Ring!!!!」
「!!!」
再度公衆電話から音が響いた。
「なにこれ、出た方がいいの!?」
もしかしたら、誰かが忘れ物をしたとかで、かけて来ているのかもしれない。
もしかしたら、誰かがどこかで助けてほしくて、適当にかけた番号がここだったのかもしれない。
いろんな思考が駆け巡り、私は気付いたら電話ボックスへと足を運んでいた。
「じゅ、受話器を取ってみるだけ…!」
取ってみて変な要件だったらそのまま切ろう!
そう決めて電話ボックスの扉に手をかけた瞬間…
「お嬢さん。取ってはダメですよ。」
「っ!!?」
咄嗟に声のした後ろを振り返ると、そこには駅員が立っていた。
白髪混じりの見た目初老の男性。着崩れなく着こなされた制服と、年季を感じる帽子。
優しそうに微笑むその男性は、電話ボックスに入ろうとする私を止めると、駅舎に戻るように諭した。
「え、駅員さん、帰ったんじゃ…」
「ふふ、たまたま残っていたんです。それより、その電話ボックスには入ってはいけません。そして今すぐ駅舎に戻って扉を閉めてください。」
何が何だか訳のわからない私は、とりあえず駅員さんの言われるがままに駅舎へ戻ると、引き戸を急いで閉めた。
呼び鈴は止んでいたが、どうにも自分の心臓の音がうるさかった。
全くもって状況が理解できない私は、駅員さんに詰め寄った。
「何で出たらダメなんですか!?てか何で公衆電話にかかってくるの?しかも扉まで閉めろなんて…」
そこまで言って言葉が出なくなった。詰め寄った駅員さんの様子がおかしかったからだ。
さっきは暗くてあまりはっきり分からなかったけど、この人…
スッと血の気が引いた。一歩後退りした私をみて、駅員さんは少しだけ哀しそうに笑うと、扉の方へ歩いて行った。
「お嬢さん、あの電話はもう一度かかってきます。次かかってきたらわたしが出ますので、あなたはベンチの下に潜って耳と目を塞いでください。口は開けておいてください。」
もう完全に訳がわからない。しかし、私は駅員さんに逆らう勇気などもうどこにも残っていなかった。
「…」
「Ring! Ring! Ring!!!」
びくりと肩を振るわせた。
「いいですか?わたしの言う通りにしてくださいね。」
厳しめにそう言うと、駅員さんは扉を開けて出て行く。
私は急いでベンチの下に潜り込み、耳を出来るだけキツく塞いで目をキュッと瞑る。そして口を大きく開けた。
次の瞬間ーーーー
瞼越しでも分かる程眩い閃光が窓から入り込んだと思うと、爆音と共に衝撃波が駅舎の窓をぶち破った。
「!!?」
それは一瞬だったのか、それとも数分だったのか、起こっている事全てに理解が追いつかない。
ただ、一つ分かることは…
私は"誰か"に守られた。
という事だけだ。
その後近所の人から通報を受けた警察、消防、救急が駆けつけ、すぐに規制線が貼られた。あたりは騒然としていた。
私は消防の人に見つけられるまで、ずっとベンチの下に潜っていた。
念の為の検査で搬送される事となったが、5体満足であり、怪我もガラスの破片で切った些細な傷しかなかった。救急車に乗せられる際、電話ボックスを見ると、全て吹き飛んでおり、あたりには公衆電話や諸々の破片が散乱していた。
「…」
駅員さんの姿はどこにもなかったが、聞くのは辞めておいた。
その後の捜査で分かったのは、公衆電話には爆弾が仕掛けられており、呼び鈴は公衆電話のどこかに仕掛けられていた録音機から流れていたものだった。呼び鈴に釣られた人間が、受話器を取る動作で作動するという、無差別に誰かを狙った犯行だったらしい。
私は奇跡的に助かった女子高校生として、一躍ワイドショーの話題を掻っ攫った。
取材や出演依頼は断った。何故なら、私が助かった理由を私が説明出来ないからだ。
しかし、どうしても確認したいことがあった。
私は再び駅舎に向かうと、そこにいた顔見知りの駅長さんに話しかけた。
「駅長さん。」
「はい。あ!君!よく無事で…!」
「ほんと、よく無事でしたよね…あの!」
「?」
「どうしても聞きたいことがあるんです!」
そして私は、あの駅員さんの事を話した。普通なら鼻で笑い飛ばされる事でも、事実私が助かっているのだから、それは現実に起こった事なのだ。駅長さんは、私の話を聞くなり、目を丸くるすると、本当かね?と真剣な眼差しで尋ねてきた。
「私はあの駅員さんが居なかったら、何の躊躇いもなく受話器を取っていました。」
「…そうかい…白髪混じりの初老の男性…優しそうな目元…」
私から駅員さんの特徴を聞いた駅長さんは、少し待っててと言うと、スマホで何かを探し始めた。
ぴたりと指が止まると、ある写真を見せてくれた。
「もしかしてこの人かい?」
「あ!そうです!!この人!」
それは、駅長さんと一緒に写っている、あの駅員さんだった。
「…そうか…そっか…貴方はこの子を守ってくださったんですね…っ、まだ、見守っててくださったのですね…」
そう言うと駅長さんは、溢れる涙を隠しもせず帽子を取ると、駅舎に向かって一礼をした。
駅長さんから聞いた話だと、私を救ってくれたのは、この駅の元駅長さん。10年前に引退され、今の駅長さんに変わったとの事だった。
駅長さんにとって彼はとても大切な先輩だったらしい。しかし彼は、3年も前に病気でこの世を後にしている。
つまり、あのとき感じた私の予感は正しかったのだ。
近くで見た顔はまるで生気が感じられなかった。
あんな夜に突然現れたのも頷ける。
普通は怖いと感じる事だが、今回に限っては、恐怖は全く感じられなかった。
彼は死しても尚、この駅とお客様を見守り続けているのだ。
私は後日、電話ボックスがあった場所に、そっと花を供えた。
彼の姿は以降、二度と見ることはなかった。
1/8/2025, 6:23:49 PM