汚水藻野

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「_____よし」


キュッキュッと素早く靴紐を結び、立ち上がって息を吸う。
目を閉じながらゆっくり息を吐く。
拳を握る。



「あ、遅え! 」
「来楽」

名前を呼ばれた。

「……」

ゆっくりと、ゆっくりと振り返る。
何かが違っていればな、なんて淡い期待を抱きながら。

当然、何も変わっちゃいなかった。
そこにいたのは、君のためだけにある青空の下で、夏の向日葵みたいに笑っている君。
まるで絵画だ。言葉にできないほどの美しさ。

「……どうした?大丈夫……か?」

その絵画に見惚れてしまって、さっきまで笑っていた君は心配そうに眉を下げる。
駄目だよ。君は笑っていなくちゃいけないんだよ。
ほら。笑えよ。笑ってくれ、笑ってくれよ。
頼むよ。早く。


「……ううん、何でもない」
「じゃあ、いこう」

「おし!」

安心して無邪気に笑った君は、どうしようもなく無知で馬鹿だ。こんなクソみたいな言葉を並べないと正気を保てない。

私が言ったことと君が感じ取ったことは多分違うもの。



逝こう。



心中と言われたって仕方がない。けど、私の中から溢れ出る君との記憶よりかは、君が君の体温や声を残してくれないことの方が嫌だ。
だったら私は君と死ぬよ。
絵画に血を塗っていたのは結局私のせい。
でも最後に絵画の血を拭いたのは私。


今回も上手くいかない。失敗する。死ねない。君と一緒には。

そして君だけ、絵画から出られるんだ。


いつになったら、いつであれば、いつ、一緒に死ねるんだろ。
君はどうやったって死ぬ。生きていて欲しいのに。いつだって彼に味方なんぞ存在しなかった。







また、靴紐が解けた。


2025.9.18.「靴紐」

      ・           ・
「来楽」。「楽しいことはきっとやって来る」。
靴紐が解けない時はやって来るのか。

9/18/2025, 8:31:43 AM