G14(3日に一度更新)

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『やっと雨が止んだね』
 スマホが震えて、恋人のリオからのメッセージを知らせる。
 返信しようとスマホを手に取るが、アプリを開く前にリオから新しいメッセージが届いた。

『晴れてきた。
 明日は絶好のデート日和だね』
 続けて送られてくるメッセージに、思わず頬が緩む。
 顔文字はついていないけれど、リオもきっと笑顔に違いない。
 向こうにも僕が笑っているのはバレているだろうと思いつつ、僕は返事を送った。
『だからこそ残念だ。
 明日は会えないんだから……』


 僕たちは遠距離恋愛だ。
 お互いの進学した大学が遠く、家まで電車で4時間。
 さすがに気軽には会えない距離だが、恋に距離は関係ない。
 月に一度は会うようにしていた。

 けれど今月のデートは中止になった。
 台風の接近で線路ががけ崩れで埋まり、電車が動かなくなってしまったのだ。
 どんなに忙しくても必ず会うようにしている僕たちだが、さすがに自然災害の前にはどうしようもない。
 偶然だろうけど、神様からの嫌がらせかと思ってしまう。

 けれど、このくらいでは僕たちの仲を引き裂けない。
 会えない空白の時間が、僕たちの絆をより深める。
 たとえ神様でも、僕たちの仲は引き下げないのだ!

 でも、ふとした瞬間に不安になることがある。
 僕たちは、本当は結ばれる運命ではないのでは、と……
 
 そもそも僕たちは、同じ大学に行く予定だった。
 けれどお互いの夢のためには、どうしても違う大学に通う必要があった。 
 僕たちは話し合いの場を持ち、時には喧嘩したが、最終的には違う大学に通うことになった。

 そこまでは良い。
 月に一度は会えるのだから。
 でも4年後、大学を卒業したらどうなるのだろう……?

 さすがに同じ会社に勤めることは出来ないし、お互いの入りたい会社がさらに遠く離れていたら……
 転勤だってあり得る。
 僕たちの未来には障害が多い。

 どれだけ苦難を乗り越えても、最後に別れるのではないか……
 そんな不安がぬぐい切れない。
 それならいっそ、今別れた方が別れた方が、お互いにとって幸せではないか――
 そんな事を考えてしまう。
 
『ねえ、月を見て。
 とってもきれい』
 リオから新しいメッセージ。
 不安を押し殺しつつ、窓の外を覗いた。

『台風が過ぎ去って、空気が綺麗になったのかな。
 今まで見た月の中で一番きれいかも』
 窓の外には、特に変わり映えの無い月があった。
 いつもと同じような気もするのだが、リオの言葉を聞くと今日は一段ときれいな気もするから不思議だ。
 「これも愛の成せる技か」と感心していると、再びリオからメッセージが来た。

『違う場所にいるのに、おんなじものを見てるって不思議。
 こうして見ると、一緒にいるみたいだね』
 まるで僕の心の中を見透かしたかのようなメッセージにドキリとする。
 そして僕の返信を待たず、リオは新たなメッセージを送って来た。

『君と見上げる空……🌙
 絶対忘れないよ!』
 こちらが恥ずかしくなるようなメッセージを送ってくるリオ。
 バカップルと呼ばれても仕方がないセリフに、思わず身もだえしてしまう。
 そして送った本人も、顔を赤くして悶えているに違いない。
 リオはそういうやつだ。

 けれど、リオがこういう事を言う時、たいていは僕に何かを言って欲しい時だ。
 もしかしたら、リオも僕と同じ悩みを抱えているのかもしれない。
 ならば僕は、彼女を安心させるため、気の利いた一言を言うしかあるまい。

 けれど僕は気の利いたセリフを言うのが苦手だ。
 狙いすぎて滑ったことが何度もある。
 正直気乗りしないけれど、そうも言っていられない。

 大事なリオが落ち込んでいるんだ。
 逆に笑わせてリフレッシュさせるくらいの気概でいこう。
 僕は頭をフル回転させ、浮かんだフレーズをメッセージに打ち込む。

86.『台風が過ぎ去って』『空白』『君と見上げる月……🌙』


『月が綺麗ですね』
 ……少し狙いすぎたかもしれない。
 今見ている月と夏目漱石のエピソードを絡めた返事なのだが、送った後で後悔した。
 これはもはやプロポーズでは?

 確かに結婚は考えているけど、リオもこのタイミングで言われるとは夢にも思っていないだろう。
 早まったかもしれない……
 その証拠に、既読が付くも一向に返信がない。

 やらかしたか?
 あまりに空気の読まないプロポーズに、きっと怒ったのだろう。
 百年の恋も、不用意な一言で冷めることがあると聞く。
 今からでも謝罪すべきではないのか……
 そんな不安が頭がいっぱいになっていると、スマホが震えた。

『来週の予定を開けといて』
 もしや、別れる前提の話し合いか?
 内心ヒヤヒヤしていると、リオからメッセージの着信。
 神に祈るような気持ちで、メッセージを見る。

『親に挨拶しないとだ。
 これからはずっと一緒だね』

9/20/2025, 5:29:04 AM