『やっと雨が止んだね』
スマホが震えて、恋人のリオからのメッセージを知らせる。
返信しようとスマホを手に取るが、アプリを開く前にリオから新しいメッセージが届いた。
『晴れてきた。
明日は絶好のデート日和だね』
続けて送られてくるメッセージに、思わず頬が緩む。
顔文字はついていないけれど、リオもきっと笑顔に違いない。
向こうにも僕が笑っているのはバレているだろうと思いつつ、僕は返事を送った。
『だからこそ残念だ。
明日は会えないんだから……』
僕たちは遠距離恋愛だ。
お互いの進学した大学が遠く、家まで電車で4時間。
さすがに気軽には会えない距離だが、恋に距離は関係ない。
月に一度は会うようにしていた。
けれど今月のデートは中止になった。
台風の接近で線路ががけ崩れで埋まり、電車が動かなくなってしまったのだ。
どんなに忙しくても必ず会うようにしている僕たちだが、さすがに自然災害の前にはどうしようもない。
偶然だろうけど、神様からの嫌がらせかと思ってしまう。
けれど、このくらいでは僕たちの仲を引き裂けない。
会えない空白の時間が、僕たちの絆をより深める。
たとえ神様でも、僕たちの仲は引き下げないのだ!
でも、ふとした瞬間に不安になることがある。
僕たちは、本当は結ばれる運命ではないのでは、と……
そもそも僕たちは、同じ大学に行く予定だった。
けれどお互いの夢のためには、どうしても違う大学に通う必要があった。
僕たちは話し合いの場を持ち、時には喧嘩したが、最終的には違う大学に通うことになった。
そこまでは良い。
月に一度は会えるのだから。
でも4年後、大学を卒業したらどうなるのだろう……?
さすがに同じ会社に勤めることは出来ないし、お互いの入りたい会社がさらに遠く離れていたら……
転勤だってあり得る。
僕たちの未来には障害が多い。
どれだけ苦難を乗り越えても、最後に別れるのではないか……
そんな不安がぬぐい切れない。
それならいっそ、今別れた方が別れた方が、お互いにとって幸せではないか――
そんな事を考えてしまう。
『ねえ、月を見て。
とってもきれい』
リオから新しいメッセージ。
不安を押し殺しつつ、窓の外を覗いた。
『台風が過ぎ去って、空気が綺麗になったのかな。
今まで見た月の中で一番きれいかも』
窓の外には、特に変わり映えの無い月があった。
いつもと同じような気もするのだが、リオの言葉を聞くと今日は一段ときれいな気もするから不思議だ。
「これも愛の成せる技か」と感心していると、再びリオからメッセージが来た。
『違う場所にいるのに、おんなじものを見てるって不思議。
こうして見ると、一緒にいるみたいだね』
まるで僕の心の中を見透かしたかのようなメッセージにドキリとする。
そして僕の返信を待たず、リオは新たなメッセージを送って来た。
『君と見上げる空……🌙
絶対忘れないよ!』
こちらが恥ずかしくなるようなメッセージを送ってくるリオ。
バカップルと呼ばれても仕方がないセリフに、思わず身もだえしてしまう。
そして送った本人も、顔を赤くして悶えているに違いない。
リオはそういうやつだ。
けれど、リオがこういう事を言う時、たいていは僕に何かを言って欲しい時だ。
もしかしたら、リオも僕と同じ悩みを抱えているのかもしれない。
ならば僕は、彼女を安心させるため、気の利いた一言を言うしかあるまい。
けれど僕は気の利いたセリフを言うのが苦手だ。
狙いすぎて滑ったことが何度もある。
正直気乗りしないけれど、そうも言っていられない。
大事なリオが落ち込んでいるんだ。
逆に笑わせてリフレッシュさせるくらいの気概でいこう。
僕は頭をフル回転させ、浮かんだフレーズをメッセージに打ち込む。
86.『台風が過ぎ去って』『空白』『君と見上げる月……🌙』
『月が綺麗ですね』
……少し狙いすぎたかもしれない。
今見ている月と夏目漱石のエピソードを絡めた返事なのだが、送った後で後悔した。
これはもはやプロポーズでは?
確かに結婚は考えているけど、リオもこのタイミングで言われるとは夢にも思っていないだろう。
早まったかもしれない……
その証拠に、既読が付くも一向に返信がない。
やらかしたか?
あまりに空気の読まないプロポーズに、きっと怒ったのだろう。
百年の恋も、不用意な一言で冷めることがあると聞く。
今からでも謝罪すべきではないのか……
そんな不安が頭がいっぱいになっていると、スマホが震えた。
『来週の予定を開けといて』
もしや、別れる前提の話し合いか?
内心ヒヤヒヤしていると、リオからメッセージの着信。
神に祈るような気持ちで、メッセージを見る。
『親に挨拶しないとだ。
これからはずっと一緒だね』
9/20/2025, 5:29:04 AM