私は大樹の前に立つ。そっと樹皮に触れる。
ザラリとした感触、不思議。此処では感覚はないはずなのに、感覚がはっきりとしている。
風も感じる、春風のように暖かくて心地よい。
私は暫く風と樹皮に触れたままでいると、ある親友を思い出す。
もちろん、彼女が此処に現れるわけないということは承知している。しているのに、何故か期待している自分もいる。
私は思わず、懐かしい人の名を口にする。
すると、後方から抱きしめられ心臓が跳ね上がった。
「やっと会えた。……会いたかったよ」
嗚呼、私も会いたかった。私はか細い親友の腕に手を置く。
風を感じて、懐かしい声、ずっと聞きたかった声に耳を傾ける。
これが夢じゃなかったら、私はきっと声を掛けていた、振り返っている。
それができないから、私は彼女の温もりを噛み締めた。
本当は元気付けたい、前へ背中を押したい。そんな、何かを彼女に上げられたらこの疼きも少しはまだマシになるだろう。
――もういない人だから私は何にも残して上げられない。
風を感じて、これが夢だったらよかったのにとそう思った。
〈了〉
8/9/2025, 3:37:34 PM