―可哀想に
そうですね。とても可哀想です。
―情けない
そうですね。すごく情けないです。
―どうして
とうしてでしょうね。全く検討がつかないです。
ズルリ、ズルリと音を立てて黒い布が剥がれ落ちていく。
ようやく見えてきた中身はボロボロで今にも崩れてしまいそうだ。どこもかしこも傷だらけできれいなところなど見当たらない。ただのガラクタ、ゴミ同然のもの。
途中で拾ったテープでヒビを隠し、欠けたところには布を裂いて詰め込んでいく。
テープにはとてもきれいな言葉がぎっしりと隙間なく印刷されている。幸せを説き、素晴らしいものを並べ立て、喜びを分け与えるようにできている。
そして裏側にはベッタリと張り付いて離れない執着がある。
真っ黒な布には何重にもなった記憶が画かれている。
何が画かれているのか読み取れなくなるまで重ねられていて、それがどんな記憶だったのか思い出せない。
だけどずっと纏っていたいくらい温かなものであることは確かだ。
淡々と貼って詰めてを繰り返す。
きちんと元通りになるようにしっかりと丁寧に作業する。
誰に邪魔されようとやり遂げなければいけない。決められたことを守り、与えられたものを大切にするのだ。
黒い手が肩を叩く。ポンポンと優しく呼びかけるように何度も何度も叩いてくる。そしてとんでもないことを囁くのだ。テープを貼る手を止めてくれ、布は詰め込むものではないから止めてくれ、と。弱々しい声で縋るように囁いてくる。
いい加減、鬱陶しくなってきて作業する手を早めた。丁寧さなんて二の次でいいからはやく終わらせたい。この黒い手と囁きから解放されたい。これ以上邪魔されたら、
「明日、もし晴れたら―――」
「え?」
思わず振り向いてしまった。だってそれは、あまりにも魅力的な誘いだったから。テープに印刷された言葉よりも、黒い布の温かさよりもずっとずっと甘美なものだったから。
テープを投げ捨てた。しつこい粘着が手について離れないけどもう関係ない。
布を踏みつけた。気を抜くと絡みついてきてきつく縛りつけてくるから大嫌いだったんだ。
黒い手の主は優しく微笑んでいる。
ああ、黒くみえていたのは手袋をしていたからだったんだ。そうだよね。あんなベタベタしたものを直接触るなんて嫌だもの。
うん、あんな布きれよりもこの手の方が温かいよ。自分の体温で温めていただけで本当は温度なんてなかったんだ。
黒い手が赤い紐を差し出し、プレゼントだといった。
そして自分の首を指さして、こう使うんだと説明した。
同じように巻きつけたら、褒めてくれた。
手を差し出されたから握った、握り返された。
嬉しくて嬉しくて久しぶりに声をだして笑った。
「明日は晴れだといいね」
次の日は晴れだった。
みんな黒い服を着て彼を囲んでいた。泣いたり怒ったり、意味のない問いかけをしてを繰り返している。
幸せそうに笑いながら横たわる彼の首には赤い紐の痕がある。
「…晴れてよかったね」
【題:明日、もし晴れたら】
8/1/2023, 4:09:20 PM