すゞめ

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『ずっとこのまま』

 ドドドドカッ、ドドカッ、ドドカッ、ドドドド、ドドドド、カカカカカッ。
 ドンドン、ドンドン、ドンドンカカッ。

 常夜灯に灯りを落とした寝室一帯に響き渡っているのではと思わせるこの音は俺の心音と鼻息だ。
 どちらがどの音かはどうでもいい。
 俺は、今にも崩れ去ろうとしている、なけなしの理性を総動員することに必死だった。

 ベッドの端に座る俺の太ももに跨った彼女は、ジッと俺を見上げている。

「絶対に動かないでよ?」
「は、はいっ!」

 緊張感を纏いながら息巻く彼女に気圧されて、俺は勢いでうなずいた。

 上気した頬、しっとりとした睫毛に髪の毛、心地よくくすぐるシトラスの香りを至近距離でとらえる。
 ただでさえ魅惑がダダ漏れだというのに、彼女の装備はくたびれた俺のトレーナーと、太ももまで上がったやたらとモコモコしたルームソックスのみという、攻撃特化型の紙装甲だ。

 どっっっっ!!!???
 どうしてこうなった!?

 いや、俺のせいだが、こんな事態になるなんて聞いてないっ!

   *

 ことの発端は、どう顧みても俺である。

「もう寝ちゃうんですか?」

 洗面台でシャコシャコと歯を磨いて寝支度を整えている彼女に声をかけた。

「んえっ?」

 俺が急に声をかけたせいで、彼女の口元から歯磨き粉が垂れる。
 親指で拭ったついでに、俺はコップを取って口をゆすいだ。

「ダメですよ」
「んんん?」

 口の中が空っぽになっていないため、首を傾げる。
 彼女のあざといジェスチャーがなくとも、彼女の言いたいことを理解できて口元が綻んだ。

「おやすみのチューがまだです」
「……」

 眉を寄せた彼女が無言で歯ブラシと口内をすすいだあと、タオルで口を拭いた。

「それってさ。いつまでやるの?」

 いつまで?

 歯ブラシを手に取ったあと、彼女をマジマジと見つめる。

「……朝までやってもいいんですか?」
「長さの問題じゃなくてだなっ!?」

 確かに、朝までキスをしていたら眠ることができなくて「完徹キス」になってしまう。
 次の日が休みの日に限り、新たなキスのルーティンを画一できそうなところで、彼女が現実に引き戻してきた。

「そうじゃなくて、結婚してけっこう経つのに、たかだか挨拶程度のキスを毎日毎日、……いつまでやるつもりなのかなって」
「どちらかが先立つまでですけど?」
「先っ!? え、飽きないわけ?」
「は?」

 その「たかだか挨拶程度のキス」を、ようやく照れずに受け入れてくれるようになったのにっ!?
 飽きるってなんだ!?
 むしろ、ここから始まる物語だろうっ!?

 まさか、彼女が飽きたのかっ!?
 あれだけキスが好きなのにっ!?

 ……あ。待てよ?
 だからこそ、か。

 ひとつの結論に到達した俺は、嬉々として彼女を見つめた。

「もしかして、あなたからのとびっきりのキスでお誘いしてくれると?」
「はああぁ!? なんでそうなんのっ!? 挨拶のキスの話をしてたっ!」
「その挨拶のキスに飽きちゃったんでしょう?」

 チュッチュ、チュッチュとまどろっこしいことしてると、そのうち私に襲われちゃうぞ⭐︎
 きっと、照れ屋な彼女はそう言いたいのだろう。
 言いたいはずだ。
 言いたいに違いない。

「誰もそんなこと言ってないが!?」

 案の定、彼女は恥ずかしがってキレ始めた。
 想定内の反応に、俺は彼女を宥めながら歯磨き粉を歯ブラシに乗せる。

「俺だってなにも言ってませんよ?」

 その後は俺が煽り散らして、彼女の負けず嫌いの導火線に火をつける。

   *

 そして、歯磨きを終えて今にいたった。

「じゃ、じゃあ……」

 俺の首に手を回す彼女は目を閉じて、俺と顔を近づける。
 微かに震える初々しい睫毛に愛おしさを感じていると、彼女の柔らかな唇が乗せられた。
 かわいらしくリップ音を立てて、彼女からのキスを受け止める。

 我慢できずにモコモコの靴下のゴムにゆびを入れる。
 すべすべの肌ともこもこの生地に指が幸せに包まれた。
 不埒な手に気がついた彼女が、ペチッとその甲を軽く叩く。

「あ、こらっ」

 コラッ。
 ……コラッ……?
 …………コラッ!?

 コラッ♡ だと!?

 彼女の幼い子どもを叱りつけるような口調に、肺が大きく動く。
 衝撃が強すぎて肋骨が観音開きになるところだった。

 新しい扉が開かれたと思えば、彼女は最強にかわいい顔面を使って追い打ちをかける。

「動いちゃダメって言ったよね?」

 ムッとした彼女がキスを重ねながら、俺をベッドへ押し倒した。

 これは……。
 完全に彼女のやる気スイッチを押してしまった。

 常夜灯の仄暗い灯りに照らされて、彼女の唇が妖艶に艶めく。

「私にしてほしいって言ったのはそっちでしょ?」
「はい♡♡♡♡」

 ああああぁぁぁぁっ♡♡
 ずっとこのまま、幸せに浸っていたいっ♡

 本当に。
 飽きさせる暇を与えてくれないどころか、沼が深まるばかりである。

 行き場を失った手は歓喜の悲鳴とともに、ベッドシーツの上へと投げ出された。

1/13/2026, 7:04:16 AM