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 ざあざあ、ざあざあ。

 目の前を落ちていく、滝のような水の流れを眺める。冷たい風に乗って弾けた飛沫が顔に飛んでくる。もはや拭うのも払うのも、避けることすら面倒で、胡座をかいて腕を組んで薄目になりながら待つ。

 ざあざあ、ざあざあ。

 時折天を仰いでみるけれど、頭上は舞い上がる飛沫のせいで白く煙っていて何も見えない。下の景色も似たようなものだから、結局正面を見るしかない。
 まったく、いつまで待てばいいんだ。

 ざあざあ、さあさあ────ぴたり。

「お、やっと泣き止んだか」

 わざとらしく肩をすくめて、世話が焼けるぜなどと思ってもいない言葉を吐く。すると靄の向こうから、銀色の髪と翡翠の着物を靡かせて竜神の娘がやって来た。綿雲に乗った彼女は真っ黒な目を潤ませたまま、嗚咽をこぼしている。

「今年はまたよく泣くなぁ。人間どもがきゃんきゃん吠えてるぜ」
「だって」
「あー待て待て。泣くなよ。たまには御天道様にも仕事させねぇとバランスが崩れちまうからな」

 しゃくりあげる小さい鼻を指先でつまめば、これ以上は下がらないくらいに眉が下がる。長い袖に手を隠して、さらに顔半分を隠してしまえば目しか見えなくなった。

「んで? 何をそんなに泣いてんだよ」
「昨日ね、水不足で困ってるって聞いて悲しくなって」
「うん」
「役に立ちたかったの。でも、降ってほしかった場所じゃなかったみたいで、でも時間差で落ちていっちゃうから止められなくて、それで、またやっちゃったって……ごめんなさい」

 ついに目すら見えなくなった。顔を伏せて微かに震えているのは、泣くのを我慢しているせいだろう。
 竜神一族は総じて涙もろい。些細なことで感動するし、しょうもないことで地の底まで落ち込むし、しょっちゅう目頭を押さえて涙を堪えている。
 一族の長ともなればコントロールできるらしいが、まだまだ幼い娘には無理な話。おまけに、かなりのお人好しで歴代随一の降水量を誇る。人間が言うところの“変な天気”をもたらしているのは彼女で間違いない。

「やっちまったもんはしょうがねぇだろ。つうか、運び屋の風太郎はどこに行ったんだよ。平等に届けるのがあいつの仕事だろ」
「『こんな重いもの運べるか!』って、どこかに行っちゃった……。今は台風を作るのが楽しくて仕方ないみたい」
「あの野郎」

 風神一族の問題児──風太郎は、よその国から流れてきた風にちょっかいをかける悪趣味をもっている。
 あの一族は気まぐれで有名だから半分諦めてはいるが、そんなことしてる暇があるならついでに運んでくれればいいのにな。気の利かねえ奴め。

 少し落ち着いてきたらしい彼女が顔を上げて、今度は俺に対して申し訳無さそうな顔をする。

「ごめんね。私のせいでライちゃんも怖がられちゃうね」
「いや俺様は雷神様だからな? 怖がらせてなんぼなんだよ」
「でも、私が泣けば泣くほど打ち鳴らす太鼓が増えるでしょ?」
「そりゃあな……でもほら、別にいつも鳴らすわけじゃねえし! どっかの問題児と違って、俺様は予定通りに仕事するしな!」

 事実だから肯定しようとしただけなのに、じわりと潤んでいく目を見て慌てて取り繕う。こっちの状況を慮る必要なんてないのに、優しい彼女は俺のことを心配して憂いてくれる。

「そんな心配すんなって。やってるうちにコツが掴めてくるさ」

 慰めではなく、彼女なら近いうちに完璧な仕事ができるようになると確信している。そう信じている俺の言葉に、彼女は力なく笑った。

「どうだろう……あのね、私、一族の皆に『出来損ない』って言われてるの。せめて降水量くらい調整できないのかって」
「できたら苦労しねえよって言い返せ」
「迷惑かけてばっかりで、失敗ばっかりで……私、ライちゃんにも見限られたらどうしむ!?」

 めそめそと後ろ向きなことを垂れ流してる顎を鷲掴む。両側から押された柔らかい頬が唇を押し上げて、なんとも情けない顔になった。その上、驚いて目を丸くしているもんだから、まあ可笑しくて吹き出してしまった。

「ばーか。おまえに叩かれたところで痛くも痒くもねえよ」

 見様見真似の拳を振り上げてぽこすか叩いてくるけど、元が優しいのに暴力なんてできるわけがない。真っ赤な顔して抵抗する彼女に、馬鹿げた質問の答えを返す。

「安心しろよ。どんな理由で泣いてようが、俺様はずっと隣にいてやっから。おまえこそ、ゴロゴロうるさくてやだーとか言うなよ」

 雨と雷なんてお似合いだろうが。けらけらと笑ってやれば、黒目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちていく。
 あーあ、また雨が降っちまうなあ。

10/11/2023, 3:33:04 AM