或る本の巣、模写。

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【トロッコ問題】


もし5人の元彼と
自分を比べられた時
あなたはどうする?

あやかはいい女だ。
顔もいいし、センスもいい。
体の相性も格別だ。

しかし
一つだけ難点がある。

何かにつけて過去と
現在を比べたがるのだ。

チャラついた合コンで
出会った俺たちが
体の関係を持った後に
初めてのまともなデートで
映画館に行こう言った時。

甘々の恋愛ものが好きそうな
彼女が実はホラーが大好物で
それに対して「意外だね」と
言ってしまったことがあった。
あやかはひどく憤慨し、拗ねた。

「マサくんは決めつけたりしない人だった」

座席を選ぶ時
当然のように
目線の高さより少し上の
J列真ん中を選ぼうとした時は

「映画館で働いてた優くんが通路の前側が1番いいって言ってたよ」

いつも食べるソルトポップコーンを
注文した時は
「バターオイル多めで」と、
こなれた感じでいうものだから
「乙な頼み方だね」と褒めてみた。

「ハルトくんが教えてくれたの、グルメ情報助かるよね」

入場ゲート前のトイレより
劇場内に入ってからの
トイレの方が空いているのは京介くんから。

腹は立たなかった。
あやかがもう
過去のものとして語っているから。
だけど気持ちのいいもんじゃなかった。
ここまで名前を出されると
流石に嫌な気持ちになった。
映画も半ば集中できぬまま
エンドロールを見送った。

人ごみが8割ほど捌けるのを待って
立ち上がり映画館を出た。
 
普通はここで
感想を伝えあったりするだろうが
俺はずっと腹にあったことを伝えた。

「あのさ、元彼の話あんま聞きたくないかも」

「え」

「やっぱ比べられてるみたいできついや」

「そっか、ごめん。……でも、嬉しい」

「なんで?」

「それ言ってくれたの、2人目」

たかしくんも優しいんだね。
そう言ってあやかはとても優しく笑った。

はて困った。
俺はこの女が好きだが、嫌いだ。

この女は、
過去の妄執に取り憑かれながら
俺の隣にいる。

少なくても5人の男たちが敷いてきた
線路の上に立っていて
いつしか線路を敷く側に回って


あやかにとって俺が
知識の泉に、経験値になって
この女に溶け込んでいくのかもしれない。

6/26/2024, 12:01:31 PM