《さぁ冒険だ》
「はぁぁ、行きたくないなぁ・・・」
会社へ行く道すがらため息と共に漏れた独り言。
相良さやかは今年25歳になるOLだ。
大人しそうな見た目のため舐められる事が多い。
見た目に違わず性格も控えめで、言いたい事も言えないで損をする事が多い。
半年ほど前のことだ。
会社の独身男性からたびたび声をかけられるようになった。
声をかけられるといっても仕事の事やたわいのない雑談だ。
男性は斎藤裕太といい、清潔感があり背も高くモテるだろうなという外見をしている。
そこからだ、女性社員による些細な嫌がらせをされるようになったのは。
仕事の事で質問をしても、「ごめん、今忙しいから」といって答えてもらえない。
今まで誘われていたランチにも誘われなくなり、今は会社近くの公園でベンチにこしかけ1人お弁当を食べている。
物がなくなったり、就業近くになって仕事を頼まれたり、そういったものが積み重なっていき、心が疲弊していた。
***
電車のホームに立つ、さやかの前にいつもの通勤電車が止まるが、さやかは前に進む事が出来なかった。後ろから来る人波の邪魔にならないよう横にずれる。
そうしている間に通勤電車は発車してしまった。
私なんで・・・会社行かなきゃいけないのに・・・
また新たな電車がホームに到着する。
行き先は『みつせ川』
聞いたことのない駅名だ。
私はフラフラとその電車に乗り込んだ。
左右を見渡すと席はガラ空きだったので、一番近くの2人がけの席の窓際に座る。
ふぅ・・・、一息つく。
なぜ乗ってしまったのだろう。
窓の外の景色をぼんやりと眺めながら、自分に問うが答えは出ない。
乗ってしまったものは仕方ない。
今日は会社を休んで、また明日から頑張ろうと思い、気持ちを切り替える事にした。
そう考えた途端、開放感に溢れてきて、この電車がどんな所に着くか楽しみになってきた。
子供の頃見た冒険映画に出てくる冒険者の気持ちだ。
さぁ、冒険に行こう、なんてね。
映画のセリフを思い出し思わず笑みが溢れる。
電車の心地よい揺れに微睡を感じているうちにいつの間にか眠ってしまったようで、終点のアナウンスにあわてて飛び起き、電車を降りホームに立つ。
「あっ・・・、遊園地?」
無人駅の目の前には遊園地があった、みつせ川駅という名からてっきり川が流れているのだと思ったが違ったみたいだ。
過去には川が流れていたのだろうか。
吸い寄せられるように、目の前に立つ遊園地に向かう。
近づいてみて分かったが、人が誰もいない。
スタッフも客も誰も。
遊園地の遊具も止まっている。
遊具をよく見ると錆びている部分が所々にある。
廃遊園地・・・?
入場ゲートが開けっぱなしになっている、不気味な感じがする遊園地に足を踏み入れる。
カァ・・・カーー
廃遊園地のどこかにいるのだろうか、カラスの鳴き声が聞こえる。
ゲートをくぐり所々雑草の生えた園内を、目的もなく歩く、目に見える遊具も看板もどこか色褪せている。
今は冬から春に移り変わる時期、春颯が頬を撫でる。
錆びたメリーゴランドを眺めていた時、ふと視線を感じた気がしビクリと体を震わす、顔を左右に向け確認したが誰もいない。
「こんにちは」
後ろの方から声がかかる。
「きゃああぁぁ」
叫び声を上げながら後ろを振り向く、警戒しながら視線を向けた先にいたのは、ピエロだった。
ピ、ピエロ?
こんな廃園した遊園地に・・・?
「お嬢さん、どうされましたか?」
白塗りに化粧をほどこしたピエロだ、ピエロらしい奇抜な格好をしている。
おどけた表情に見えるのは化粧のせいなのか、本当におどけた表情をしているのか分からない。
「なんで、こんな所にピエロが・・・」
「ふふふ、そんな小さなことはどうでもいいじゃないですか、良ければ私が園内をご案内しますよ、まだ動いている遊具もあるんです」
ピエロは私の返事も聞かず、着いておいでというように歩き出した。
どう見ても怪しいピエロについて行こうか迷ったが、まだ動いている遊具というのが気になり、ピエロに着いて行くことにした。
いざとなったら走って逃げればいい。
学生時代はこれでも陸上部だったのだ。
ピエロは時折私の方を振り向きながら園内の奥に歩いていく。
そうして着いていった先にあったのは、古い観覧車だった。
8台ほどのゴンドラを吊り下げゆっくりと動いている。
「ささっどうぞ乗ってください、お代は無料ですよ」
観覧車乗り場でゴンドラの扉を開けながらピエロが言う。
私は観覧車が好きだった。
ゆったりと上に向かって登っていくゴンドラから外の景色を眺めるのが好きだった。
ゴンドラが下に向かって降り始めると、もうこの時間が終わってしまうのかと残念に思ったものだ。
子供の頃に親と一緒に行った遊園地で乗って以来、観覧車には乗っていない。
私はノスタルジックさを感じさせる観覧車に乗り込んだ、当然私1人で乗るものだと思っていたら、なんとピエロまで乗り込んできた。
「えっ!?」
「私もご一緒させていただきますね、お嬢さん」
ニコリと笑うピエロ。
「・・・・・・」
正直嫌だったが、ゴンドラは上昇しているし、今更ピエロを追い出せないと諦めた。
かといってピエロと仲良くする気持もなく、ゴンドラの中は無言だ、ピエロからも話しかけてこない。
ゴンドラが1番高い真上近くまで来た時「ここから左手に見える川が綺麗なんです」そうピエロが言ったのだ。
川?そういえば降りたのはみつせ川駅だった。
みつせ川が気になり窓側に顔を寄せ探す。
川らしきものは見えない、どこだろう。
ピエロに聞こうと思ったその時、後ろからドンっと押された。
私は窓にぶつかり、ゴンドラの椅子から落ちた。
ゴンドラがグラグラと揺れている。
床に尻餅をついた状態の私をピエロが更に突き飛ばす。
「やっ、やめてっ、危ないっ!」
大声を出してゴンドラの扉に手をついたが、そのまま扉が開き前のめりに体が倒れ、空に投げだされ頭から下に落ちてゆく。
「い、ぃぃいやぁぁあぁあああぁーーっ」
ドンッグシャ
***
・・・・・・
鼓膜にアナウンスが聞こえる。
『まもなく3番線に◯◯行きが到着いたします。白線の内側でお待ちください。』
え?なに?どこ?駅のホーム?
私、確か観覧車から、、
ピエロは!?
夢・・・?
電光掲示板の発着案内を見る。
いつも会社に行く時に乗るホーム、時間だ。
時間が戻った・・・?
いやそんなわけない、信じられないくらいリアルだったが白昼夢を見ていたのだろう。
未だにうるさい心臓を抑えるように胸に手を当てる。
落ち着かない気持ちで、ホームに入ってくる電車を見ていた私を誰かが後ろから押した。
押された私はバランスを崩しながら前のめりに倒れ、線路に落ちた。
落ちる間際に振り返ってみた先に、あのピエロがいた。
ニヤリと笑っているように見えたその顔を見たのが私の最後だ。
キキーーーーーーーーーッ
電車のブレーキ音が鳴り響く。
(みつせ川→三途の川の別名)
2/26/2025, 8:15:14 AM