拝啓
屋敷の窓から見えます木々が美しい新緑となり、お嬢様の新しい門出に相応しい景色にございます。
お嬢様。
この度はご結婚、誠におめでとうございます。
こんなにも幸せなことはありませんのに、私はどこか上の空で、お伝えしたい事が中々まとまらず、このようなお手紙でのご挨拶となってしまい申し訳ございません。
先日、お嬢様のお父上である旦那様からお話のあった通り、私は当家の屋敷に残ることとなりました。
お嬢様と遊んだお庭や、毎日学校に行く準備をしたり時折夜更かししたりしたお部屋が、既にもの悲しくございます。
本音を申し上げますと、お嬢様を失ったような、胸に空洞があるような気分なのです。
いえ、そもそも私のものではございませんのに、随分と厚かましくなったものですね。大変失礼いたしました。
お嬢様もご存知の通り、私は当家の使用人の子どもでした。
その私を、幼い頃より同年代だからと、遊び相手と身の回りのお世話を仰せつかり、大変光栄にございました。
図々しくも、きっと当家の誰よりもお嬢様の事を理解していると自負しておりました。
幼い頃は泣き虫弱虫と言われていた私を、聡明で芯のあるお嬢様がいつでも引っ張ってくださいました。
その姿に、昔も今も変わらずお慕いしております。
勿論、ご婚約者様も昔から知る方ですので、ご両親のみならず使用人一同、心よりお祝い申し上げました。
お嬢様は、新しい環境でもきっと直ぐに適応されることでしょう。
それでもいつの日か、少しの間でも懐かしく思い出してくださることがございましたら、いつでもお申しつけください。
それまでお嬢様との思い出は、私がひっそりと大事に保管しております。
旦那様や奥様、お嬢様の旦那様さえもご存じのない、お嬢様と私だけの秘密にございます。
それまでどうぞご自愛くださいますよう、お願い申し上げます。
急ぎ筆を執り、この様な乱筆乱文のお手紙になってしまったことをお許しください。
敬具
「婚姻が二人を分かつまで」
⊕二人だけの秘密
5/4/2024, 12:54:46 AM