香草

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「傘の中の秘密」

5時間目の授業で雨が降り出した。
予報だと降水確率40%って言ってたのに。
大きい傘持ってきてないな。折りたたみあったかな。
ぼんやりと窓を見ると自分と目が合った。
毎朝丁寧に巻いた前髪はペシャンコでバレないように引いたアイラインもにじんでいる。ニキビ隠しのコンシーラーもよれている気がする。
慌てて目をこする。いつからメイク崩れていたんだろう。こんな恥ずかしい顔見られたら恥ずかしくて死ねる。
もう一度そっと窓を見る。
すると今度は前の席に座っている友達と目が合った。
彼女は小さく笑うと先生にバレないようにそっとピースした。
私も静かに笑ってピースを返した。
彼女はこのクラスの学級委員で成績も優秀だ。真面目なイメージがあるのに授業中にそんなことをするなんて少し驚きだが、意外な一面を見れて嬉しい。

彼女を知ったのは高校1年の春。
入学式の新入生代表の挨拶で壇上に上がったので少しだけ話題になったのだ。県内でも指折りの進学校だったので負けず嫌いの同級生たちがこぞって彼女に注目した。
どうやら地元のマンモス中学校出身で、かねてから神童と噂されていたほどらしい。
そして知的でクールな見た目から男子からの人気もそこそこ高かったということまで明らかになった。
私もその噂は知っていたが2年で同じクラスになってからその噂は本当だったと確信した。
たまたま出席番号が近く隣の席だった彼女は臆することなく私に話しかけてきた。
「お隣じゃん!よろしくね」
大人しくてツンツンした子を想像していたもんだから少し驚いた。でも話していくうちにお笑いが好きなこと、めんどくさがり屋なこと、課題もギリギリまでやらないことなど私と変わらない普通の子だと分かった。

何より彼女は私にとことん優しかった。
私は彼女と違って運動も勉強もついていけない側の人間だったけれど、見捨てたりしなかった。体育では必ずペアになってくれるし、テストが近いと勉強を教えてくれたりした。
そして私が好きだと言ったキャラクターのキーホルダーやガチャガチャを翌日にくれたりした。
「なんか気になってガチャガチャ回したら当たったからさ」
なんて少し照れくさそうに言っていた。
私はそんな彼女が大好きだ。
クラスメイトから「カップルかよー」といじられるくらいずっと一緒で、持ち物もお揃いにした。

下校時間になり、入り口で鞄をあさる。
やはり折りたたみ傘がない。昨日まであった気がするんだけどな。
「傘ないの?入れてあげよっか?」
彼女がニコニコと覗き込む。
「なんであんたと相合傘しなくちゃいけないのよー」
「よーし、濡れて帰れ!」
彼女と私の笑い声が混じり合う。
「すみません!入れてください」
しゃーなしだからね?と笑いながら彼女が傘を広げる。途端に彼女のシャンプーの香りがフワッと香った。
傘に入ると彼女の長い髪が首をくすぐる。そしてわずかな空気を介して彼女の体温が伝わってくる。
二の腕と二の腕が触れる。ふにっとした柔らかな感触になぜか罪悪感が湧き起こる。
「なんか静かになったけどどうした?」
彼女はこちらを覗き込んだ。目尻が落ちている。
私は前髪を押さえて目元を隠した。
「なんでもないけど?」
次の日の放課後、机の中に折りたたみが入っているのを発見した。少しだけ彼女の匂いがした。

6/3/2025, 11:08:47 AM