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「大事にしたいんだ…」

あの声が聞きたくなった
私の心を強引に揺さぶるあの人の声が
これより少し高くて掠れている冷たい声

つまらない
どいつもこいつも少女漫画を
参考にしすぎなのだ、
それか今どきは女心がわかるとか謳うネットサイトだろうか


最高に良い雰囲気の横浜の夜景の下、
最高に良いステータスの男に見つめられながら
私にとって最悪そのものだったあの人を思い返していた

目の前の男の瞳は潤んでいる
充足していて満ち足りている透明感

私は途端にあの人が
恋しくて堪らなくなってしまう
子供のように全部欲しがり
手に入るまで喚き散らし、
いざ手に入ったら遊び尽くして
飽きたらポイッ
そういえばあの人の瞳は乾いていた
諦念のようなものが常に浮かんでいて
あの瞳に見つめられると
どうしようもなく愛おしいと同時に
無性に可哀想になって
大丈夫だよ一緒にいてあげるからね
と痩せた背中をさすってやりたくなる

「どうしたの、大丈夫?」

私はあの人の事を我が子のように愛したのに
あの人は私の事を
大事にするところか、
ずっと反抗期の娘のように反発しまくって
遂ぞ私の前からいなくなった


私は目の前の男を透かして
あの姿かたちをを思い浮かべた
痩せた肩、腕、足
少し痩けた頬、
滑らかな髪の毛、
色の濃いくちびる、
涙ボクロ、
短いまつ毛、
諦めがちな黒い瞳
そのどれもが一級品ではないはずなのに
彼女からは壮絶な色気が常に薫っていた
退廃的で堕落していて
私はあれをひたすらに愛していたのだ

私はこの先ずっと男の腕に抱かれながら
あの細くて白くて冷たい女の背中を思い出すんだろうか、
そう考えると途端に人生が長すぎるように思えて辛くなってしまった

9/21/2023, 12:44:31 AM