窓辺から運動場に居る彼を盗み見る。木曜の三限、2年生は体育の授業である。いつの日かこの時間、彼を観察することが日課となっていた。つまらない古典の授業でクラスの大半が意識を手放しているこの空間は、暗く重い雰囲気が漂っていて、退屈以外の何物でもない。彼は陽光に照らされて、他の生徒とは違う異様な雰囲気を纏っており、自然と人の目を引く。俺はいつの間にか彼を目で追うようになっていた。彼とは実は面識があるのだ。彼は弓道部の後輩であり、何回か言葉を交わしたことがある。と言っても、15人の後輩の中の1人であり、特に仲が良いと言うことはできない。
あれ、今日は居ないな。ある週の木曜日、いつも通り運動場を眺めながら思った。どうしたのだろう、休みなのだろうか。いいや、朝の部活動で顔は見た。ならば見学だろうか。体調を崩し早退でもしたか。悶々と可能性を考えていると、退屈な授業はいつも以上に長く感じられた。時計を睨みつける目に疲れを感じるほどだった。やっと鐘が鳴り、10分間の休憩時間を迎えた。俺はほぼ無意識で廊下を歩き、向かった先は保健室だった。保健室のドアの前で意識を取り戻した。中が気になるが用がない。悩みに悩んだ末、ここまで来たのだから覗かない訳にはいかないと思い、仮病を使おうと考えた。ドアに手をかけ、力を込める。中は思った以上に静かだった。それもそのはず、保健室の先生は不在であったのだ。俺は下手な芝居を打たなくて良いことにそっと胸を撫で下ろした。辺りを見回す。1つ、カーテンが閉まったベッドが目に止まった。そっと近づいて声をかける。やはり後輩の彼だった。体調が悪いのか、ゲホゲホと咳き込みながら
「先輩?なんでここに…どうしたんですか?」と尋ねてきた。
「あー、ちょっと用があったんだけど、先生居ないんだわ」俺はハハッと乾いた笑いをしてみせた。そして、続けて問う。
「お前はどうしたんだ?体育いなかっただろ。体調悪いのか。」
「ゲホッ、見てたんですか、?ちょっと風邪ひいたっぽいです。」
「そうか…開けるぞ」俺は返事を待たずにカーテンを開けた。純粋に心配な気持ちからだった。咳き込み方からもう帰らせてもおかしくないだろう。きっと先生に見せた時から病状が悪化しているのだと思った。しかし開けた瞬間、俺は後悔した。
「先輩、移りますよ…!」紅潮した頬で蕩けた顔を俺に向ける。俺の心拍は理由も分からず上昇した。
「お前熱計ったか?」平静を装って額に手を伸ばす。掌から伝わる温度で熱があることがわかった。手を離そうとした瞬間、その手を止められた。
「先輩の手、冷たくて気持ちいいですね…」ふふっと笑うその笑顔に、心臓がぎゅううっと締まる。
わけも分からず俺の顔は熱くなった。手を無理に引いて、へなへなと椅子に座った。顔を見られたくなく、手で顔を覆った。
「微熱、移ったかもなぁ」小声でそう呟いた。
多分この時からだ。俺がこいつを意識しだしたのは。
11.26 微熱
11/26/2024, 11:16:14 AM