sairo

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「おにさま」

瞳の金を煌めかせ、腕を伸ばす。
出会った頃より変わらぬ、幼子の強請り方。
一つ息を吐き、逆らう事なくその腕に身を任せ。抱き寄せられた腕の温もりに目を閉じる。

「おにさま、大好きです」
「本当に物好きな童だ。妖と理解した上で、斯様な敬愛を謳うとは」
「妖も人も関係ないです。僕は貴女が好きになったのだから」

嘗ての幼子は時の流れと共に成長し、今や己の背を超え立派な男子《おのこ》となった。それでもどこまでも真っ直ぐな言葉は、己を求めるその腕は何一つ変わらず。
その変わらぬやり取りに、いつしか絆され受け入れていた己に苦笑した。

「まったく…童はこれ以上私に何を望む?」
「貴女の側にいられるだけで十分です…十分、でした」

消え入りそうな、微かな声。
目を開けその表情を窺い見れば、迷うように耐えるように金が揺れている。
相も変わらず己が内を晒す事を恐れる様に、仕方がないと手を伸ばした。

「今更だ。言え」
「でも…」

頬に触れ、視線を合わせ告げる。
それでも尚惑う視線が逸れぬように、顔を近づけ揺れる金を覗き込んだ。

「今まで私に多くを求めてきたというのに、最後の一つは望めぬか?」
「っ、だって…だって、」

泣きそうに譫言を繰り返す。
宥めるように頬を優しく撫ぜれば、その手を取られ。期待と諦めを内包した笑みを浮かべ、口を開いた。

「おにさまの…貴女の名前が知りたいです。僕は貴女とずっと一緒に生きていたい」

思わず、息を呑む。
名を知る事。それがどんな意味を持つのか、お互い知らぬはずがなかった。

「…末恐ろしいな。私の何が良いのやら」
「たくさんありますよ。優しい所。きれいな所。僕の話を聞いてくれる所。頭を撫でてくれる手の温もり。穏やかな声。微笑んだ時の優しい瞳。それから、」
「っもういい。分かった」

止めねば永遠と続くだろう、一切の嘘偽りのない言葉の羅列。気恥ずかしさはあるが、それを厭う思いがない事に自嘲する。
どうやら引き返せない所まで、堕ちてしまっているようだった。

「おにさま。名前、教えてほしいです。そして僕のお嫁さんになってください」

どうやらどこまでも素直になると決めたらしい。
先ほどとは違い、強請るように煌めく金に呆れたように息を吐き空を見上げる。
桜舞う塒の外。空は丁度良く曇天であった。

空を指差し、一言告げる。

「あれが童の求めるものだ」
「空?え、何?」
「これ以上の答えはないだろう?」
「っ、いじわる!」

名を自ら告げる覚悟はない。
ただこのかつての幼子が、いつか知る時が来たのならば。添い遂げる覚悟くらいは持ってやろうと。
悩むその姿に、一人笑った。


20240603 『正直』

6/3/2024, 3:13:45 PM