ななしさん

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誰か

人間はどこまでいっても人間同士でわかり合えない生き物
なのにこの空間ではみんなが一体となって拳を上げて、叫んでいる
こんなにも異質な空間に来たのは初めてだった

「はぁはぁはぁ」
"ガタンゴトン""ガタンゴトン"
『次は、高校前駅、高校前駅、左側の扉が開きます』
「はぁはぁはぁ」
私はスマホを強く握りしめる
目を強く瞑る
鼓動をはやらせる
そしてただ聴覚をアナウンスだけに集中してしぼる
次の駅で降りる、次の駅で降りるんだ
そう何度も言い聞かせる
人の視線、人の話し声、私はそれらすべてに恐れている
みんな、一人でいる私のことを嗤ってるんじゃないか
絶対そうだ、そうなんだ
私は今日もやっとの思いで教室の自席へとたどり着けた
ここだけが外での唯一の居場所
「おはよ~美玖!」
「うん、おはよう、沙良」
ここに来たらいつも沙良が側にいてくれる
誰かと一緒にいるということは、一人ではないということ
だから誰からも嗤われない

「その、人の多い場所が苦手で、電車とかが、ちょっと」
私は自分の悩みを初めて吐露した
私は心療内科へ初診で来ていた
「はい、幻聴などは聞こえますか」
「いや、そこまでは、でもそれに近いものはあるかもしれないです」
「他人から常に見られているような感覚でしょうか」
「はい、そうです」
「まぁとりあえず、夜が寝れるようになることを優先しながら、安静に過ごすことを努力してください」
どうやって、安静に過ごすというのだ
毎日登校するのに不可能だ
「はい、、」
「夜寝れるようになる薬と、不安を和らげる薬を処方しておきますね」
「はい、ありがとうございます」
「一つ言わせてもらうと、人は意外と他人のことを見てないからね、そこまで気にしなくてもいいよ」
人は意外と他人のことを見ていない、、かぁ
だから気にしないでいい
そう思うようにしようと私はそう決心して病院をあとにした

「はぁはぁはぁ」
"ガタンゴトン""ガタンゴトン"
『次は、高校前駅、高校前駅、左側の扉が開きます』
みんな私を見ていない、だから気にしなくていい
みんな私を見ていない、だから気にしなくていい
そんなおまじないは効果がなかった
私は今日もやっとの思いで教室の自席へとたどり着けた
「おはよ~美玖!」
「うん、おはよう、沙良」
「ねぇ、これ聞いて!」
沙良は私にイヤホンの片方を差し出してくれた
それを耳にすると、ポップでテンポ感のいい曲が流れていた
「この曲最近ハマってるの!」
「そうなんだ、すごくいいね」
「でしょ!また今度さ、一緒にライブ行こ!」
「えっ」
私は想像してしまった
ライブ会場とは人の多い場所だ
私には無理、、、だけど唯一の居場所である沙良との関係が壊れてしまえば、私の人生は終わる
「うん、行こ」
私は肯定するしかなかった

「ドリンク代300円になります」
「はぁはぁ、あっはい、」
私は意識を保つのでやっとだった
あまりにも人が多すぎる
定期的に目を瞑らないと意識を保てない
「美玖?大丈夫?」
「、、うん、大丈夫」
私はなんとか声を絞り出す
そのギリギリの状態を保ちながら、私たちはスタンディングの会場へとたどり着いた
中は暗くて、先ほどまでよりは安心できる空間だった
少しだけ落ち着いて、私は理解した
【人は意外と他人のことを見てない】
その言葉がブーメランであることに気づいた
【人は】、ということはその中には自分も含まれている
だから私自身も他人を見ていない
私は架空の他人を作り出して、それに怯えているに過ぎない
結局自分の気持ちの持ち様次第になるということなのだ
私はそんなループ構造のようになっている【人は意外と他人のことを見てない】という現象に絶望した
このループに入ってしまえばもう抜け出せない
『まもなく始まります、もうしばらくお待ち下さい』
そのアナウンスの少しあとに会場がより暗くなる
「いよいよ始まるよ!美玖」
「うん、そうだね」
久しぶりの静寂が訪れた
聞こえるのは舞台に立っている人の声、音だけ
暗いのも相まって、そして先程までとの落差で落ち着く空間となっていた
そして曲が流れ始める
こんなにも異質な空間に来たのは初めてだった
みんなが一体になって拳を上げて、叫んでいる
舞台からの音を主軸に一体となった音と振動
暗い空間にはより際立つ照明たち
この小さく異質な空間では私のことを見ている人は誰もいない
そう思えた
客観的にこの非日常の空間を見たとき、私は心の底からこの光景を美しいと思った

解決した訳ではないが、私は解放された
そう感じた

10/3/2025, 12:43:07 PM