恋人が死んだ
お互いに心から愛し合っていた、来週にはプロポーズをしようとも思っていたほど良好な関係だった。
なのに、現実とはそう上手くはいかないもので、彼女は呆気なく信号無視をした車によって死んだ。即死だったそうだ。
傷心している暇もなく彼女の葬式は開かれ、気がついた時には小さくなった彼女を抱えて帰路に就いていた。
それから俺は死んだような日々を送った。遅刻ギリギリの時間に家を出て、何も考えられないように仕事を詰めて、フラフラになりながら家に帰り、三日に一度ぐらいの頻度になった風呂に入り、泥のように眠る。そんな日々の繰り返し。仕事をしている時間は好きだ、何も考えなくていいし彼女との思い出の関わりが一切無いから。
逆に朝は嫌いだ。朝が苦手な俺のために毎朝起こしに来る彼女、机に置かれた暖かな朝食、そして朝日に照らされてにっこりと笑う可愛い彼女。彼女との思い出が色濃く残る朝が大っ嫌いだ。
いつしかカーテンを開けることが無くなった。朝は遅く起きるようになった。朝食を食べない日が増えた。
朝はできるだけ見たくなくて、朝から逃げる方法なんて馬鹿みたいなことを調べたりして。
そんなある日、その日は珍しく俺は朝早く起きた。また寝ようと思ったがどうにも眠れなくて渋々起き上がる。
最近は全く作ってなかった朝食を作った。目玉焼きはカチカチだし、ベーコンは黒焦げになった。最初の頃の彼女もこんな感じだったなぁ…なんて思い出してしまってまた苦しくなった。そして、久しぶりにカーテンを開けた。ただの気まぐれでなにか考えてした行動ではなかった。言わば習慣というものだろうか。その日は曇りの予報だったのに何故か快晴でとても綺麗な朝日が浮かんでいた。
ふわりと優しい朝日が部屋を照らす。
その美しい光景を見た僕は目を見開きポロリ、と涙が出した。
あぁ、そっか、、君は本当に死んでしまったんだね
「彼女は死んだ」その言葉をその時初めて受け入れられた気がした。
僕はあの時から彼女が死んだと認めたくなかった。だから彼女を忘れようとした。彼女との思い出を全て消し去ろうとした。それが一番彼女が嫌がることと知っていながら。
その後、何故だがスッキリとした心で朝食を食べた。もちろん美味しくなんてなかったけどどうにも泣けた。焦げた炭の味に混じって少し塩辛い味がした。
久しぶりに余裕を持って家を出る。葬式後1回だけ行ったきり1度も訪れることが出来なかった彼女のお墓に行こう、暖かな朝日に照らされながら昨日よりもほんの少しだけ軽くなった足取りで会社に向かう。
それはありふれた何の変哲もない朝のことでした。
6/9/2024, 1:28:33 PM