お題【好きな本】
《異形探偵社 イルシオン(仮)》-1
ザァ......
六月。梅雨の季節。今日も相変わらず雨続きである。そんな日が続いては何もやる気が起きないものである。
なのに......
「なんでいつも二人なのに、今日に限って私が一人で仕事しなきゃいけないのよぉー」
きな子は、柘榴色の傘を突き上げ叫んだ。
歳は十六、七歳くらいだろうか。ゆったりしたガウチョが似合っていた。
「仕方ないだろう? 用事が入ったんだよ。道案内だけはちゃんとするからこれ以上駄々こねんな」
耳元のインカムから声が聞こえた。
「そういえば烏丸、この前ボーナスもらってたよね? 許してあげるからさ、何かご褒美ちょうだいよ。」
はぁ、っと大きなため息わついてから烏丸と呼ばれた男がインカム越しに答えた。
「仕方がない。ちゃんと仕事こなせたらな?」
何頼もうかなーっとぶつぶつ言いながらきな子は住宅街を進んでいった。
「ついたよ」
インカムに話しかける。
そこは日本家屋風のお屋敷だった。広い庭の松がよく似合っていた。
門の前で一人、中年の女が傘をさして待っていた。
「お待ちしておりました。奥様はこちらです」
女はスタスタときな子を客間へ案内した。
奥様元へ案内しきると女はさがっていった。
「探偵社イルシオンのきな子です。身辺調査、人探し、『異形事件』までどんな事件もお任せください」
奥様は美しき気品あふれる方だった。ただ、相当困っているのか顔色はいいとは言えなかった。
「私は雅奈恵と申します。本日はお越しくださりありがとうございます。噂は本当ですのね。異形事件に強い探偵社であると言うのは」
「はい。我が社の受ける依頼の八割は異形の関連が疑われるものですから」
「あの、異形って本当に存在するのですか? 」
「います」
雅奈恵の問いにきな子ははっきりと答えた。
「すいません、別に怖がらせたいわけではないんです。異形事件というのはほとんど起こりませんから。万が一、雅奈恵さんが依頼しようとしている内容が異形事件だったとしても私が解決します。私は雅奈恵さんの依頼解決の為にここにいるので。よければ早速依頼内容を教えていただけますか? 」
雅奈恵は少し安心したようで、小さく頷くとゆっくり話し出した。
「ええ。あれは先月のことでしたの」
雅奈恵によるとちょうど一ヶ月前、雅奈恵の部屋に蛇が出たという。人の腕より遥かに太い大蛇だ。雅奈恵は急な出来事に気が動転した。騒ぎを聞きつけた、使用人たち四人でなんとか深傷を負わせ追い払った。しかし次の日、一番初めに駆けつけた使用人が事故に遭い、救急搬送された。その後、別の使用人も通り魔に襲われ入院、食中毒で入院と不幸に見舞われた。残る駆けつけた使用人は、きなこを案内した女、幸子だけだと言う。周りは皆蛇の呪いだと恐れているらしい。依頼はこの事件は偶然か、人間の仕業か、はたまた本当に蛇の呪いなのかを見極め、呪いならば祓ってほしいとのことだった。
「はい、依頼内容はわかりました。では、調査させていただきますね」
きな子はそう言うと、蛇を殺した雅奈恵の部屋、キッチン、お風呂から使用人寮も、屋敷の中を行ったり来たりした。外のことなど幾つかインカム越しに烏丸に聞いて言った。
「これで犯人は決定だね」
二時間後、きな子はもう一度雅奈恵と客間にいた。
「では、報告させていただきますね」
「はい」
雅奈恵は早すぎる調査報告に驚いているようだった。
「結果を言うと、呪いではありません」
雅奈恵は安堵と戸惑いの色を浮かべる。
「全て、殺人未遂の事件。人の仕業です」
「では誰が....... まさか外から!?」
「いえ、外部はないでしょう。明確に蛇を襲った使用人を狙うのは困難ですから」
「では......」
「はい、犯人は屋敷の中にいます」
からからから
そこでちょうど案内役の女、幸子が入ってきた。
「お茶をお持ちしました」
淡々とお茶を並る姿はベテランそのものだった。
「ちょうどいいところに来ましたね、犯人さん」
湯呑みが倒れた。幸子が倒してしまったのだ。
「すいません、今拭きます」
慌てて布を取る幸子の手をきなこは制した。
「あなたでしょう? 三人の使用人を病院送りにした犯人は」
きな子は冷たい笑みを向けた。
幸子は引き攣った笑みを浮かべた。
「私には何のことだか......」
「一人目の事故は自転車のブレーキが壊れていたことによるものです。二つ目は人気も防犯カメラもない路地裏での通り魔事件。三つ目は毒による食中毒を装った事件。あなたが今日出したゴミの中にブレーキを切ったペンチ、犯行のナイフ、小瓶の中の毒が見つかりました。どれも今朝、私の話を聞かされて慌てて証拠隠滅しようとしたのですから指紋の一つや二つ、すぐに見つかるのでは? 」
幸子は何か言おうと口をパクパクさせた。しかし、もはや弁明の余地がないとわかるとぽつりぽつりと話し出した。
「あの人たち、横領してたんです。挙げ句の果てのは奥様のものを盗んでお金に変えようと...... このままでは奥様の大切なものまでとられてしまうと思った時に蛇の事件があったんです。使えると思い、偶然を装って襲いました。すいませんでした、私が勝手なことをしたまでに奥様に迷惑をかけてしまい、本当にすいません......」
幸子は何度も頭を下げ、泣き、謝った。
「では私はこれで。依頼金は指定の口座にお願いしますね」
きな子は雅奈恵らから離れると、門ではなく庭にある一際大きな松の前へ向かった。
きな子は木を見上げ叫んだ。
「蟒蛇さーん、うーわーばーみーさーん。」
すると松の上の方からシュルリシュルリと大蛇 蟒蛇が降りてきた。真っ赤な舌をペロペロと出し三メートルほどの高さの枝に巻き付いた。
「何じゃ、久しいな『玉藻前』よ」
玉藻前と言われたきな子は、やあっと笑った。
玉藻前は日本三大妖怪にも数えられる大妖怪である。
「400年ぶりくらいかな。蟒蛇さん、たった四百年の間に何があったの? たった四人の人間にやられかけたみたいじゃん」
蟒蛇は笑った。
「たとえ異形とて歳には敵わんよ」
きな子は蟒蛇に一歩近づいて話し出した。
「私は今、探偵社イルシオンで働いている。イルシオンは幻影を意味だよ。私たちは今異形の街を作っているんだ。いわゆる幻影都市だね。蟒蛇さんにそこにきて欲しいんだ。今日は蟒蛇さんを誘うためにここの奥さんの依頼を受けたんだ。いつか蟒蛇の伝承を広めて蟒蛇さんを若々しくしてあげるから、絶対そのまま消えさせないから、私についてきて」
きな子はしっかりと蟒蛇の目を見た。蟒蛇は小さくため息とついた。
「おぬしは昔から変わらん。何をすれば相手が思い通りに動くか、よくわかっておる。連れていってくれるか、その幻影都市とやらに」
蟒蛇はニヤリと笑った。きな子は頷くと肩に蟒蛇を乗せて歩き出した。
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この後幸子はあれから自首した。今は罪を償っているところだ。横領をしていた使用人たちも今は牢屋の中である。
蟒蛇ものんびりと幻影都市で暮らしているらしい。
「きな子、約束のご褒美置いとくぞ」
真っ黒なローブを羽織った男、烏丸は紙袋をどっさっと置いた。
「!! ありがとう! 」
きな子は嬉々として袋を開けた。そこのは二十冊ほどの本が入っていた。モーリス・ルブランの『アルセーヌ・ルパン』全巻だ。
「もう何百年も生きてきてるのに読み損なってたんだよね」
フランス語で書かれたその本をきな子はスラスラ読んでいく。知識者であらゆる人を騙し惑わす玉藻前。しかし、今はどこからどう見ても、ただただ本が好きな少女だった。
ピッコン
烏丸のスマホが鳴った。
「きな子、仕事だ」
烏丸が振り返り言った。
「ちょっと待って! 今ガニマールが頑張ってるところなの」
「ほらいくぞ」
きな子は烏丸に本を取り上げられ、ずるずる引きずられていく。
「イヤー、至福の読書タイムがー!! 」
大妖怪の威厳はどこへやら。今はただの本の虫である。
「ついたぞ」
結局烏丸に連れられてきてしまったきな子。
ガチャッと扉が開く。
「探偵社イルシオンのきな子です。身辺調査、人探し、『異形事件』までどんな事件もお任せください!」
今日も一日、きな子の、人としての、探偵としての一日が始まる。
6/16/2023, 2:01:17 PM