『何もいらない』
僕に世界の広さを教えてくれたのは君だった。
知らない言葉と知らない土地の匂い。
君は僕の知らない事ばかり知っていた。
僕が知っていることは、全て君も知っていることかのように思えた。
君は自由な人だった。
何よりも自由を求めて、好きな物を好きだと言える人だった。
僕はそんな君に憧れていた。
君は僕にたくさんのものを与えた。
それは実体のあるものばかりじゃなくて、手を伸ばしても掴めないものもあった。
それでも君がくれた最後の贈り物を、僕はどう受け取ればいいか分からなかった。
君は今、僕の目の前にいる。
力の抜けた身体が僕にもたれかかって、その重さを全身で感じる。その体温は酷く冷たかった。
手から二の腕、肩に順に触れ、鎖骨を撫でて、細い首筋をなぞる。顔にかかる髪をはらい頬に手を当て、額にキスをする。
その表情は静かで、滑らかな白い肌を月明かりがより青白く照らす。
僕の声はもう、君には届かなかった。
君を引き留めることができなかった。
共に行くことも、君は許してくれなかった。
君は深い眠りについて、夢のような、この世界のどこよりも遠い世界に行ってしまった。
この夜が明けたら、君はもういない。
この別れは君が最後に僕にくれたものだ。
この感情を、僕は知らなかった。
君がくれた感情だった。
あぁ、遠くに行ってしまう君へ。
僕はもう何もいらないから、どうか、どうか幸せでいてほしい。
その自由が、君の追い求めた真実でありますように。そして、叶うことなら、その世界に少しでいいから、僕がいますように。
2026.04.20
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4/20/2026, 12:10:36 PM