120.『揺れるキャンドル』『遠い日のぬくもり』『祈りを捧げて』
「それでは皆さま、神の愛に感謝し、世界の平和を祈りましょう。
アーメン」
「「「アーメン」」」
とある教会に集まった人々が、一斉に祈りを捧げていた。
この教会では、定期的にこうした集いが行われている。
信仰に年齢は関係なく、老若男女問わず、多様な人が訪れる。
先行きの見えない不安定な時代だが、彼らの顔に憂いは無い。
自分たちは、神に愛され、守られている――そう固く信じているからだ。
そんな中で一人、顔に憂いを湛えた少年がいた。
名前をカズマ、7歳の男子である。
彼は信心深い母親に連れられここに来た。
息子も神の慈愛に触れて欲しいという親心からだが、当の本人は不満でいっぱいだった。
それもそのはず、ゲームが好きなお年頃。
よく分からない神の愛より、プレゼントをくれるサンタの方がよっぽど身近だった。。
そんな様子だったので、カズマはこの静かな場所が退屈なことこの上ない。
今すぐにでも叫びながら駈け出したい衝動に駆られるが、それが許されないことくらい彼は弁えていた。
仕方なくカズマはキャンドルの火を見つめて時間をつぶすのだが、だがそれもすぐ飽きてしまう。
この場には、彼の興味を惹くものは何一つ存在しなかった。
(眠い……)
揺れるキャンドルの火が、彼に『眠れ』と囁く。
暖房こそないものの、大勢の人々の熱気がこもった聖堂内は、心地よい暖かさで満たされている。
しかも照明はキャンドルのみ。
薄暗いこの空間は、居眠りにはうってつけだった。
だが寝ることは出来ない。
もし船を漕ごうものなら、彼の母親に説教されることは明白。
彼は見た事のない神の怒りよりも、母親の雷の方がよっぽど怖かった。
その恐怖が、カズマを現実の世界に繋ぎとめていた。
だが現実は非情である。
「皆様、お顔をお上げください。
えー、これから説話を始めたいと思います」
高齢の神父が現れ、穏やかに告げる。
カズマは『せつわ』という言葉をよく知らなかったが、彼は嫌な予感がした。
だが彼が行動する前に、神父の話は始まってしまった。
「えー、皆様お集まりいただきましてありがとうございます。
えー、本日は我らが御子の奇跡の逸話について、えー、お話ししましょう」
彼の嫌な予感は当たった。
単調なリズム、たくさんの『えー』、抑揚のない声……
それらが導き出す答えに、カズマは天を仰ぐ。
「えー、長い話になりますが聞いていただければと思います」
始まったのは、まさしく『校長先生のお話』であった。
退屈で、単調で、中身のない、聞くものの気力を奪うお話。
ただでさえ限界に近い眠気が、追い打ちをかけるように襲ってくる。
(大丈夫だ。
今までも、校長先生の長話で寝なかったじゃないか……)
カズマは必死に自分を鼓舞し、意識を保つ。
耐えられるか分からない。
だが、母親の雷を落とさないためにも、絶対に負けられない戦いであった。
「大丈夫、大丈夫だ……」
誰にも聞かれないほど小声で呟くカズマ。
こうしてカズマの長く辛い戦いが始まったのだった。
◇
「おや、そこの男の子は大丈夫ですか?」
神父の言葉にハッとして、カズマの母親は横を向く。
そこには、母親の肩に体を預け「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と寝言を零しながら、スヤスヤと眠るカズマの姿があった、
その様子を見て、カズマの母親の顔は真っ赤になる。
「申し訳ありません!
すぐ起こします!」
「いえ、構いませんよ。
そのまま寝かせておきましょう」
彼女が慌ててカズマの肩をゆすろうとしたところを、神父が止める。
「ですが……」
「彼にはまだ神の愛を感じられるほど信仰心は無いようです。
ですが、問題ありません」
「と言いますと?」
「その代わりに、彼に毛布を掛けてあげましょう。
……お母さま、あなたが幼い頃、親からもらった遠い日の温もりを覚えてますか?
神の愛が感じられないならば、まず我々が、目に見える愛を与えればいいのですよ」
12/30/2025, 2:11:40 AM