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「雫」

涙の谷… 悲しみの中にある現世のありさまを、谷に喩えた話。


悲しい縁が多い人生で彼女は涙の雫の種を蒔きました。悲しみの種は歓の実を彼女の前に広げました。

芥川龍之介は言いました。

彼らは涙の谷をすぐれども其処をおほくの泉あるところとなす また前の雨はもろもろの恵をもって之をおほへり

令和の若い人たちが分かるように言うと、こうなる。

バカな谷を通っても、そこを泉の湧くところとします。また前の雨は池をもってそこをおおいます。

太宰治は、そんな涙の谷にを悲しみの中にある現実のありさまと喩え、妻のおっぱいとおっぱいの間にある涙の谷にと喩えた。

愚かさを寛容されただいとおしく思われながら妻に抱きしめられて泣いたという意味なのだろう。けれど妻は本当の救いを与えることが出来るのか?と不安になるのではないか…それが現世の中にある悲しみの種、不安と疑心暗鬼の涙の谷から湧く一滴の雫がやがて池をもってそこをおおいます。

人生は涙の谷を渡り一滴の涙の雫が集まり溜まった池におおわれています。

わたしたちはその悲しみを湛えた澄んだ池と池と谷と谷の間を脚をとられないように歩くのです。

きっと、涙の雫をこぼしながら悲しみの種を涙の谷に返し、また池をつくるのでしょう。

2024年4月21日

心幸


4/21/2024, 2:31:36 PM