「風の色が変わった日」
窓を開けて驚いた。肌を刺すような夏の熱気が消えて、代わりに透明な涼風が頬を撫でていく。
「あ、秋が来た」
心の奥で何かが囁いた。
三か月間、私たちを苦しめ続けた容赦ない太陽は、今日はどこか優しげだった。ギラギラと照りつける光ではなく、穏やかな金色の光が部屋に差し込んでいる。まるで夏という暴君が去って、慈愛に満ちた王様がやってきたようだった。
外に出ると、空気そのものが違っていた。重く湿った夏の大気は軽やかになり、深く吸い込むと肺の奥まで清々しさが染み渡る。汗がにじむことなく歩けることが、こんなにも嬉しいなんて。
街角のイチョウ並木では、まだ緑の葉が大半を占めていたが、よく見ると縁がうっすらと黄色に染まり始めている。「もう少し待ってて」と葉っぱたちが語りかけているようだった。公園のベンチに座る老人の表情も、どことなく穏やかで、「やっと生きられる」という安堵が読み取れた。
近所のカフェでは、夏の間閉ざされていたテラス席に、再び人々が戻ってきた。冷房の効いた室内から逃げ出すように、みんな外の空気を求めている。アイスコーヒーではなく、温かいカフェオレを注文する人の姿が目に留まった。
夕方になると、空の色が変わった。夏の強烈なオレンジではなく、淡いピンクと薄紫が混じり合う、まるで水彩画のような優しい色調だった。風も涼しく、散歩する人々の足取りが軽やかに見える。
夜になって、久しぶりに窓を開けたまま眠れることに気づいた。エアコンの騒音に邦魔されることなく、虫の声を子守唄に眠りにつく。そう、これが本来の夜だったのだ。
翌朝、近所の山を見上げると、緑一色だった木々の間に、ぽつりぽつりと赤や黄色の点が見えた。まるで山が化粧を始めたようで、その控えめな美しさに胸が躍った。
コンビニの前で、女子高生たちが「今日涼しくない?」「やっと夏終わった感じ」と嬉しそうに話している。そうだ、私だけじゃない。みんなが同じように、この解放感を味わっているのだ。
秋は、疲れ切った私たちに差し伸べられた救いの手だった。暑さという檻から解放され、再び自由に呼吸できる喜び。これから始まる紅葉の季節への期待。すべてが新鮮で、まるで生まれ変わったような気持ちだった。
風に揺れる草花も、どこか安堵しているように見えた。私たちは皆、秋という優しい季節に包まれて、ようやく本来の自分を取り戻していくのだった。
9/19/2025, 1:58:38 PM