『あなた、いってらしゃいませ。』
どこか儚げな、優しい妻の声。
『おかえりなさい、あなた。』
どこか嬉しそうな、優しい妻の声。
『誰よりも、あなたをお慕い申しております。』
どこか凛々しさのある、優しい妻の声。
ゆっくりと瞼が開く。
私は病のとき、いつも夢を見る。
今迄は、悪夢が多かった。
しかし、今日は違った。
夢に出てきたのは、妻だった。
「目を覚まされましたのですね、良かった。」
そよ風のように、優しく穏やかな妻の声。
嗚呼、安心する。
「嗚呼。」と、私は応える。
私の額に、手をあてる妻。
その手が少し冷たくて、心地良かった。
「微熱程度まで下がりましたね。」
どこか、安心したような妻の微笑。
ああ、良かった。心から笑ってくれた。
私のせいで歪む、妻の表情ほど辛いものは無い。
「病の時くらいは、しっかり休んで下さいね。いつも、激務なのですから。」
「嗚呼、そうする。有難う。」
私は、ゆっくりと瞼を閉じる。
ここから、記憶は無い。
目が覚める。
寝台にもたれるように、妻は寝ていた。
頬には、涙の流れた跡があった。
夫の看病など、召使いに任せればいいのに。
妻を寝台に寝かせ、掛け布団をそっと掛ける。
嗚呼、本当に…私には勿体ないほど出来た人だ。
「有難う。いつも言えないが、私も誰よりも…あなたを愛している。」
そう言って、妻の髪を耳に掛けた。
気のせいか、少し妻の表情が微笑んだように想った。
11/26/2023, 3:06:51 PM