《またね!》
「えー……、なんというか……このような場を設けてくれて嬉しいようなありがたいような恥ずかしいような……まあとにかく! みんな存分に楽しんでくれたまえ!」
3月末、梅ヶ丘高校の格技室にて。俺、齋藤蒼戒が所属する剣道部の送別会(というかお別れ会?)が行われていた。送別会と行っても特別なことをするわけではなく、今年卒業する須堂先輩を含めた3年生5人と最後に軽く手合わせするだけだ。
「送別会と言っても齋藤とは何日か前に手合わせしたからなんか特別感ないよな〜」
挨拶を終えた須堂先輩が俺の隣に座って呟く。
「でしたら手合わせしていただかなくても大丈夫ですが?」
少し挑発的に言うと先輩は子供みたいに「やだやりたい!」と言う。まあ俺も先輩と手合わせしたいからいいのだけれど。
「ふふっ、冗談ですよ」
「えー、お前が私に冗談とかお前も大人になったなぁ〜」
「先輩は何目線で話しておられるのです?」
「先輩かな?」
「いや俺に訊かれましても……」
「そういえば話は変わるがこの場は誰が仕切ってるんだ?」
「え? 沖原じゃないですか? 次期主将だし」
「……の割には全然場がまとまってないが?」
「……そのようですね……。すみません、ちょっと見てきます」
俺は先輩に断りを入れてから沖原を探しに立ち上がった。
それからしばらくして、俺と須堂先輩の手合わせとなった。ちなみに全員が全員とやってたら時間がなくなるので立候補した人と指名があった卒業生が手合わせすることになっているのだが、俺と須堂先輩は暗黙の了解でもあるのか勝手にセッティングされていた。
「それじゃあ……始めようか、齋藤」
「はい、よろしくお願いします」
一礼して、竹刀を構える。
毎日のようにやってきた先輩との手合わせも、きっとこれから出来なくなる。やっぱり……寂しい。
審判の合図で、試合を始める。
メン、コテ、ドウ、ツキ。先輩は様々な技を連続で仕掛けてくる。
長い長い黒髪を靡かせ、目を輝かせ、舞うように、踊るように、先輩は竹刀を振るう。その姿はまるで、戦いの女神。
今まで何百何千回も戦ってきたから、その戦い方は熟知しているつもりだ。なのに、この人には一度も勝てない。
「ふふっ、もらった! ドオッ!!」
「しまっ……!」
綺麗に先輩のドオが決まって、審判をしている顧問の柴田がパッと先輩のつけているタスキの赤と同じ色の旗をあげる。いつのまにか時間オーバーで延長中なので、この一本で先輩の勝ちだ。
この人はとんでもなく強いから勝てないのはわかっているが、負けるとやっぱり悔しい。せめて最後くらい、引き分けたかった。
「「ありがとうございました」」
互いに挨拶をして、格技室の隅に戻る。
「やっぱり強いねぇ、2人とも」
座って防具を外していると、隣にいた東堂がのんびり呟いた。
「ああ。須堂先輩の強さはもうバケモノ級だな……」
「そのバケモノと延長にまで持ち込んだお前も相当バケモノじゃね?」
「うるさい。それより東堂、お前次やるんじゃなかったか?」
「あっ、いけね。行ってくる」
東堂はそう言って竹刀を持って立ち上がる。
「はいはい行ってらっしゃい」
俺はそれを見て適当に返事をした。
それからしばらく手合わせが続き、ようやく解散の流れになった。最後はみんなでお見送りだ。
「齋藤……、今まで、世話になったな」
見送りの前のわずかな時間で、須堂先輩が声をかけて来た。
「先輩……こちらこそお世話になりました。本当に、長い間……」
「……寂しくなるなぁ……」
「ですねぇ……」
何度、こんなやり取りをしただろう。でも、やっぱり寂しいものは寂しい。
「なぁ齋藤……、私……」
「須堂せんぱーい! そろそろ時間がー!」
タイミング悪く、須堂先輩が何かを言いかけたところで沖原が先輩を呼んだ。
「あっ、もう?」
「はい、もうっす!」
「仕方ない……。この話はお預けだな。それじゃあ齋藤……、またな!」
先輩はそう言ってみんなに見送られながら一気に格技室を出ていく。
「まっ、待ってっ! 先輩っ!!」
なぜだか、先輩が急に遠くなったような気がした。まだあまり離れてないのに。
「さいとーう、元気でなー!!」
剣道部の仲間たちで造られた花道の向こうで、先輩がクルッと振り返って笑う。
「……はいっ! 先輩こそ、お元気でー!!」
「もちろんだー! またぜーったい手合わせしよう!!」
「当たり前です! 次会う時には先輩を倒して見せます!!」
「頼もしいな! 未来の主将!! 楽しみにしてるからー!」
「はいっ!!」
先輩は今度こそ前を向いて先に花道を抜けた卒業生たちのもとに駆けていく。
春先の、暖かい日。門出を祝福するかのような、気持ちよく澄み渡った青空。その暖かい春の日の光の下で、先輩が笑っている。先輩だって寂しいだろうに、そんな素振りはカケラも見せずに、晴れ晴れと。
その姿を見て俺の目にうっすら滲んだ涙には、気づかないフリをした。
(おわり)
2025.3.31(4.2)《またね!》
4/1/2025, 10:00:15 AM