月森

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『屋上から愛を叫ぶ。』

 その名の通り、屋上から生徒が告白をするテレビ番組の企画だ。その撮影に、僕の通っている学校が、その告白者のひとりに僕が選ばれた。

 まず初めに言っておくと、僕は所謂陰キャである。クラスメイトよりも猫と話すことの方が得意な、この手の企画とは本来無縁の人間だ。なのに、どうして参加しようと思ったのかといえば、まぁ、普通に好きな人がいるからで。卒業を前に告白するかしないか悩んでいたところに、この企画が舞い込んできた。もし、100人以上いる希望者の中から平等なじゃんけん大会で勝ち残り、告白出来る8人に選出されたなら、それはもう天啓じゃあないかと。



 当日。屋上にスタンバイしている僕は、手のひらに書いた人という字を100人ほど飲み込んでいた。口から心臓が飛び出す心地とは、まさにこのことかと思った。僕が屋上の隅っこで緊張からくる吐き気に耐えていた時、背中をそっと擦ってくれる手があった。誰かと振り向いてみれば…
「大丈夫?」
「……うん、あ、ありがと」
 彼女はクラスメイトの、僕が今まさに告白しようとしている相手だった。しかしどうして今こんなところに?彼女は告白者ではなかったはず…疑問がそのまま顔に出ていたのか、彼女は笑って僕に言った。
「泉ちゃん風邪引いちゃってさ、あたしはその代打」
「そ、そうなんだ」
 え?ということは、それって…

「あたしの番だ。行ってくるね!」
 僕に軽く手を振り、彼女は告白台へと上っていった。そして大きく息を吸い込むと、その朗らかな声を校庭に集まった人たちの頭上へと降らせる。
「あたしはー!2年前からー!好きな人がいまーす!」
 オーディエンスは応える。
「だーれー?」
「同じクラスのー!」
 黄色いざわめきが校庭を埋め尽くす。
「坂本くんでーす!!」
 驚いた。坂本は僕の唯一の友達だ。彼も僕と同じく陰キャである。
「あたしと、付き合って下さーーい!!」
 一気に集中した視線に戸惑いながらも、グラウンドにいた坂本は屋上を見上げた。そして、叫んだ。
「お、俺で良ければーー!!」
 慣れない大声で少し裏返っていたが、そんなことは細事である。意外なカップルの誕生に歓声に包まれる会場を、僕は呆然と見ていた。

 冷めやらぬ空気に背を向け、彼女は満足気に台を下りた。そして次の告白者である僕の横を通り過ぎようとした時、「頑張れ!」と笑顔で小さく肩を叩いていった。僕はそれを受けて____泣いた。

 ひどい平和主義(惨めな臆病者)である僕は、せっかく成就したふたりの恋の妨げになるのも、おしている撮影を滞らせるのも嫌だった。だから、涙目でも心が砕けても、予定通り告白台の上に立った。告白する前から泣いている僕に、校庭がどよめいている。全校生徒に惨めな姿を晒しながら、それでも僕は大きく息を吸い込んだ。

「僕は…!ずっと…!君のことを、見ていました!!」
 令和の時代ではストーカーなんて思われてしまうだろうか。昭和にはこれを純愛と呼んだらしいのに。

「君の気まぐれなところ、コロコロ変わる表情が、僕を魅了して止まないのです!」
 良い意味で、人を翻弄するのが本当に上手い。一体どれだけの人間が、君にハートを盗まれたかなんて、君は考えたこともないのだろう。

 陰キャの告白に観衆が引いているのをよそに、僕は続けた。恐らく今から更に引かれる発言をする。しかし、卒業は目前だ。もう何を気にすることもない。ゆっくり深呼吸して、僕は叫んだ。

「君を!一生養っていく覚悟があります!どうか、僕と!家族になってもらえませんかーー!!!」

 最高潮のどよめきの中、僕はポケットから取り出した誓いを天高らかに掲げ、また叫ぶ。

「お願いです!マドンナちゃーーん…っ!!」

 マドンナちゃん。それは学校に住み着いている野良猫の名である。真っ白でふわふわの毛に、外国の海を思わせる吸い込まれるような蒼い瞳。動きもどこか気品があって、まるで野良猫とは思えない。我が校の有名人…いや、有名猫だ。僕が手に持っていたのは、奮発して買った猫缶である。



 その日、僕は伝説になった。猫に告白をした男として。

 実際は、告白前に失恋しただけの男なのだが、観客の目には、卒業によって学校に住み着いている野良猫と別れるのが泣くほどつらい猫好き男と写ったのだ。つまりは笑い話になった。

あれから10年の月日が過ぎたが、今も僕の隣には、変わらずマドンナちゃんがいる。

5/12/2023, 8:34:53 AM