雷羅

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 一歩足を進める。息を吐く。吸う。冷たい空気に肺が痛む。それを飲み込んで一歩足を進める。
 それを繰り返して、少年は山を登る。まだ華奢さが残る体に重い荷物を背負い、整備のされていない道とも呼べない道を歩く。
 危険が多いと言われるその山に少年以外の登山者は見えない。山の上には既に雪がちらつきはじめたのか空気が冷えて痛みさえ感じる。それでもなお少年は進む。憧れていたこの山にようやく来られる日が来たのだ。今日を逃す理由はなかった。
 空は雲ひとつない澄んだ秋晴れ。木々は赤く色づいて、少年を妖しく誘うようでさえある。遠くから獣の気配がする以外に他者の存在もなく、そんな山を独り占めできることはこの上ない幸福だと少年は思った。
 坂道を歩き、渓谷を渡り、崖を登る。
 わざとメインルートから外れた道を選んだ少年の行き先は、命の危険があるような場所ばかりだ。それらをくぐり抜けて歩くほどに、少年は息を切らし、消耗し、進む足を鈍らせていく。
 同時に、山との命の駆け引きに興奮していた。
 少年は、山が生きていると感じる瞬間が好きだった。とりわけそれ感じるのは、侵入者を排除するためにあるような危険な道を通る時だ。
 山を歩く。山と勝負する。山と駆け引きする。
 偉大な山に挑む。
 登りきったその時。

「はぁ……やば、すげー綺麗」

 手に届くような青空の近さと、眼下に広がる一面の赤い絨毯。まだ誰も足跡をつけていないわずかに積もった新雪を踏み抜き、山頂の一際高い場所から山を見下ろす。雪の白と紅葉の赤が、この世とは思えぬ美しさで足元にあった。
 ほう、と息を吐く。それまでの疲労が一気に消え去るような開放感に包まれながら、しばし少年はそれを眺めた。
 山を登りきり、山頂からの景色を見たとき。
 山に認められたようだと、少年は誇りに思うのだった。

10/18/2023, 11:20:02 PM