川柳えむ

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 あれはもう三年くらい前のことかな。当時、俺にはとても愛していた女性がいた。彼女は俺のわがままも笑って聞いてくれるような人だった。
 俺達が付き合い出したその年のクリスマス。その頃の俺はお金がなく、どこかロマンティックな場所へ行くことも、素敵なプレゼントを買うこともできなかった。
 二人でただ外をぶらぶらと歩くだけのデート。そんなデートでも、彼女はちゃんとプレゼントを用意してくれた。器用な彼女が自分で編んだ手袋だった。
 それに対して、何のプレゼントもできない俺。だけど、彼女は微笑んで言ってくれた。
「あなたが隣にいること。それで十分、私へのプレゼントよ」
 思わず俺は彼女を抱き締めた。
 彼女はいつも「何もいらない。あなたがいれば大丈夫」。そう言って笑ってくれた。それが俺の幸せだった。
 大した場所へも行けず、ろくなこともしてやれない。そんな俺だけど、気持ちだけは誰にも負けないくらい、心から彼女を愛してた。

「それなのに別れちゃったの?」
 隣に横たわる女にそう訊かれて、俺は頷く。
「そんなもんだよ。結局、彼女は俺から離れていってしまった」
「で、新しい人を探してるんだ?」
「まぁ……いつまでも過去を引きずるわけにもいかないし」
 そう呟いて、隣の女を引き寄せる。
「でも、こうやって君に逢えたんだから、もしかしたらこれで良かったのかもしれない」
 過ぎ去った日々は戻らない。だから、新しい日々をここから紡いでいこう。
 女の額にキスをして、思い切り抱き締める。
 俺の腕の中で、女が言った。
「私も昔はいろいろあったの。ねぇ、私の話も聞いてくれる?」
 どこか懐かしい瞳でこちらを見つめると、静かに話し出した。

 甲斐性なしの彼氏がいた。付き合っている間、何もしてくれなかった。
 それでも良いところもあるから。と、私は彼氏のことを愛して、世話を焼いていた。
 そんな彼氏が浮気をしていると、友達からのタレコミがあった。
 友達が撮った写真を見ると、彼氏が知らない女と抱き合っていた。しかも、その女は見覚えのある手袋をしていた。つい最近、彼氏にプレゼントしたばかりの、手編みの手袋だった。
 何もしてくれない。「愛している」や「隣にいる」と言いながら、別の女のところへ行く。しかも、問い詰めると、暴力を振るわれた。最後には「殺してやる」とまで言われた。最低の男だった。
 怖くなって、逃げるように別れた。私は見つからないように整形までした。

「その男は都合が悪いことは忘れて思い出を美化して、楽しく遊びながらも相変わらずわがままを言って過ごしているらしいわ」
 どこか懐かしい瞳がじっとこちらを見つめている。
「いつしか思ったの。なんで私がずっと怯えなきゃいけないのかって。やられる前に、私がやればいいんじゃないかって」
 過ぎ去った日々は戻らない、どうしたって。過去の行いを悔いたって、今更どうにもならないんだ。
 背筋に冷たいものが走った。


『過ぎ去った日々』

3/10/2024, 5:38:36 AM