【君の奏でる音楽】
心をなぞるメロディーに、心を奪われた。
放課後の音楽室。
普段は頑丈に閉ざされている防音の部屋は、その日に限り少しだけ空いていた。
僕は普段、音楽に興味はない。
けど、今日は嫌なことがあって、少し涙ぐんでいたから。偶然聞こえた音に、ゆっくりと足を向けた。
この曲はなんと言うのだろう?
その程度の好奇心。
だから君が弾いている姿を見たとき、なんで声をかけたら良いか、あるいは何も言わずに立ち去るべきか分からなくなってしまった。
君ーー宮野は、僕にとって程遠い存在だったからだ。
クラスでも目立つ男で、人懐っこく友達も多い。
お喋りで明るい性格は、僕とは正反対で、少し苦手。だから避けていた人物だ。
鍵盤の上で指が踊るたびに、彼の体が揺れてリズムを刻む。
強弱をつけて切なく響くメロディは、まるで恋の歌だ。宮野もそんな風に曲を弾くんだな、と思っていたら、急に曲が止まって後悔した。
「……そこで聞くなら、そばに来たら?」
宮野が俺を見ていた。
「ごめん、盗み聞くつもりはなくて。すぐ、帰るので」
「……帰るなよ。寂しいから、話し相手くらいなれって」
宮野は明らかに肩を落としたように見えた。いつも笑っているから、意外だ。
「う……うん。でも、なんで……?」
「なんでも」
聞けば。彼は今日、失恋したのだと言う。
僕と同じだ。
好きだと思っていた人に、他に好きな人がいたと、知ってしまったのだ。
その日から、僕らは放課後に音楽室で語り合う仲になった。
宮野が弾き手で、僕が聞き手。二人だけの秘密の時間。
秘密の友達、と言う関係だろうか。
宮野が好きな人が僕であったと気づくまで、まだ時間がかかりそうだった。
8/12/2023, 11:00:50 AM