かたいなか

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「『きせき』とか、ひらがなのお題だったら、奇跡にせよ輝石にせよ、なんなら鬼籍でも、色々ネタを選ぶ幅もあったんだろうけれど、
ひらがなだったら確実に『奇跡』を選んで途中で詰まってただろうな」

似たお題では以前「岐路」が出た。某所在住物書きはスマホをスワイプ、スワイプ。
人差し指で縦一直線の奇跡を以下略。
なんとか投稿用の文章を書き終えてから、今まで配信されたお題を確認していた。

「書く習慣」を入れて今日で792日。
約800の投稿記事は、インストール当初からいわゆる疑似的な連載風でもって続けてきた。
「……やっぱり日常系だと続けやすいな」
物書きは思った。 連載を長く続けるコツのひとつは、きっと「登場人物の日常を紹介するだけ」の投稿スタイルだ。

――――――

先輩がソシャゲをスマホに入れた。
先輩が私の推しのソシャゲをスマホに入れた。
あのゲームのゲの字もアパートに無いような、
雑誌もマンガも娯楽小説も、写真集も本棚に無いような先輩が、スマホに、ソシャゲを入れた。
しかも先輩が入れたのは、私がここ数年ずーっとお布施してる推しゲーだ。

ああ、せんぱい、先輩。一体全体、何がどうなったの。どういう風の吹き回しなの。
私が先輩に事情を聞くと、真面目な顔した先輩は、
口を少し開いてすぐ閉じて、神妙な顔で唇をきゅっとしめて――つまり「言いたいことは存在するけど言うべきか迷ってます」の癖を明確に見せて、
それから、
「条志という男から勧められたんだ」

「条志」っていうのは私の推しカプの右側だ。
正しくは、推しカプの右側、「ルリビタキ」っていうビジネスネームを使っているキャラクターが、
自分の素性を隠すために名乗る、偽名だ。

わぁ、わぁ。先輩。本当に何がどうなったの。
そんな、「お前の推しに勧められたんだよ」なんてジョーク、誰から吹き込まれたの。
っていうかホントに何がどうなったの。
私騙されないよ、別に同担だって平気だよ、ディスらないよ、地雷も無いし別解釈ウェルカムだよ。
怒らないから正直に言いなさい誰にそそのかされたの何に興味が発生してインストールしたの

って、リセマラもせず(というかリセマラという概念すら知らず)ゲームを始めようとしてる無垢な先輩をまくし立てたら、
なにやら右上に「回答例」って書かれたメモをチラっと見て、私も見て、もう一回メモを見てから
「『俺の爆死がそんなに心配か?』」
メモ内の文章をそのまま読んだような抑揚で先輩が、いつも「私」って言ってるあの先輩が言った。

あのね先輩(誰の入れ知恵だろう)
あのね、先輩(ガチで何が以下略)

――「どうだ、高葉井。最近の調子は」
先輩の暴挙に驚愕してリセマラの重要性を説いて、
インストールからチュートリアルスキップのチュートリアルガチャ、リセマラ終了基準までの軌跡を丹念に丁寧にレクチャーして、図書館の貸出受付窓口対応の仕事に戻ると、
受付窓口に、まさしく先輩が「勧められた」っていう条志ってキャラクターにバチクソよく似た「神レイヤーさん」が、借りた本を返しに来た。

わぁ。条志さんだ。ルリビタキ部長だ。
ルー部長。お疲れ様です
じゃなかった。こんにちは本の返却ですね。はいご利用ありがとうございました。

推しがゲームからそのまま出てきたようなひとが、
推しがそのまま喋ってるような声で、
なんなら推しと同じ口調、同じ抑揚で、
私、高葉井の名前を呼んで、挨拶してくれる。
それだけで私は幸福だ。昇天しそうな心地だ。

「真面目な先輩が、突然あのゲーム始めて、すごく混乱してるとこです」
わざわざ他人に自分の先輩のことを言う必要は無いかもしれないけど、
なんだかその日は「あの先輩が私の推しゲーと同じゲームを入れた」って混乱を、
どうしても、どうしても共有したくて。
「もう、ホントにゲームしない先輩なんです。
なのに『条志という男に勧められた』って」

目の前の「条志」、「ルリビタキ部長」に激似のレイヤーさんは、ファンサのつもりなんだろう、
ああ、まぁ、俺が勧めたからな
だって。 なにそれホントにルー部長が勧めたみたいな声で、仕草で、素っ気なさで。
「で?その真面目なお前の先輩、どうしたって?」
更に先輩のことをルー部長に激似というかそのまんまの声で聞いてくるものだから、
なんだか、ルー部長が本当に実在していて、そのルー部長が先輩にゲームを勧めたような、
そんな、錯覚さえ覚えた。

神レイヤーさんホント神レイヤーさん(語彙力)

「良ければ今度、先輩、紹介します」
レイヤーさんが返しに来た本の返却処理を終えた私は、この「推しそのまんまの見た目と声をしてる神レイヤーさん」の名前も呟きックスのアカウントも知らないことを今更思い出して、
「あの、良ければ、その、連絡先、」
同じ物が好きな者同士、なんなら二次創作にせよコスプレにせよ、オタク文化に理解がある者同士、
ぜひ繋がりを持ちたいと、スマホを見せた。

「連絡先?」
神レイヤーさんは私の申し出に、条志さんというかルリビタキ部長というか、ともかく「ルー部長ならそうするんだろうな」って反応をして、
「私用のSNSは入れていない」
まさしく、「ルー部長ならそうだろうな」って返答を、ルー部長そのまんまの声で、返した。

「ああ、わぁ、わぁぁ」
私は神レイヤーさんの対応に、尊みが爆発して、
「解釈、かいしゃく、完全一致……」
そのまんま、後ろに、完璧な弧状の軌跡を描いて

「はわ、はわぁぁ……」
「おい、大丈夫か高葉井。こうはい? 高葉井!」

その後2時間くらいの記憶が無い。
気がついたら事務室に寝かされてて、
先輩が言うには、私は気絶して、ガチで幸福そうな顔して、バッタン!ぶっ倒れたそうだった。

5/1/2025, 7:13:30 AM