【泣かないよ】
「あっ」
あちこちからそんな声が聞こえた。派手に転んだ小さな体を、たくさんの目が見ている。親と思しき男女が二人、向き直ってしゃがむ。手は差し伸べていない。
ぐぐ、と小さな手がアスファルトを押した。うー、ううー、と小さな声が聞こえる。可愛いフリルの付いた帽子が揺れて、顔の方へぽすんと傾く。ぎゅっと上着の裾を握って、よろよろと二本の足で立ち上がある。そして瞬きした次の瞬間には、とてて、としゃがんだ二人に駆け寄った。
「大丈夫?」
「痛かったね」
と、声を掛けているのが耳に届いて、幾らかの人々の視線がなくなる。もう安心だ、大丈夫だ。
「うん」
頷く声は鼻声で、ずび、と小さくすする音。
「なかないよ、あき、つよいから」
半ば涙声で宣言。そう、と言って、大人二人が立ち上がる。その真ん中に入って、小さな手が大きな手を捉えた。
そうだね、もう大丈夫だ。私はその様子を気にして、うろうろ歩き回りながら、鼻で木の枝や砂を掴む我が子の、頭をゆっくり撫でていた。この子も昔はそうだった、雄にしては小さく生まれて、そのくせ鼻が長いので、足が取られて転んでばかりいた。先に生まれた姉さんたちにからかわれていたっけ。でももう大丈夫、いつの間にか鼻は強くなり、足取りも重くなった。
「泣かないよ」
と、息子は小さく呟いた。もうすぐ他の動物園に行く。成長してきた雄だから、他の群れに行かなきゃならない。
「私も泣かないよ」
そう答えると、のすりと寄り掛かられた。
3/18/2023, 3:44:11 AM