紅茶の香り
「何度言ったらわかるんだよテメェは。」
そう言ってアタシは目の前の男にため息をつくと、男は苦笑いを浮かべて謝る。
コイツはアタシの執事だ。名前は確か……【フレディ】とか言ってたっけ。
とにかくアタシはコイツの事が大嫌いだ。
急にアタシの屋敷に入ってきた厄介な奴で、
確かに仕事は完璧にできるが、いちいち教えてくる色んなマナーはめんどうだし、何度悪態をつけても優しく笑うだけだし、苦手って言ってる紅茶をいつも入れてくるし…
とにかく、腹立たしい。
アタシは何が何でもコイツにこの屋敷から出ていってもらわなければ腹の虫が治まらない。
「やはりこちらも苦手でしょうか…すぐにお下げしますね。」
そう言うとアイツはティーカップとティーポットを持つ。中に入った紅茶がゆらゆらとゆれて鼻の奥をツンと刺した。
「の、飲まねぇとは言ってないだろ!下げるな!」
アタシは大声でアイツを怒鳴りつけた。アイツは驚いたような顔をするが、すぐにいつもの笑顔を貼り付けてただ一言
「わかりました。」
と言ってティーカップとティーポットを再び机に置いた。
「失礼します。ごゆっくりどうぞ。」
そう言って一礼するとアイツは背筋を伸ばしたまますたすたと部屋を出ていった。
静寂が訪れる。しばらく湯気から辿ってきた紅茶の香りがアタシの鼻を再びくすぐる。
仕方なくアタシはアイツがティーカップに入れたままゆらゆらとゆれている紅茶を一口飲んだ。
口元に生ぬるい温度が回ってそこから苦みが下に突き刺さる。しばらくして後からりんごのようなフルーティな後味がする。
アイツは【フルーツティー】とかそんな紹介してた気がする。
甘さがあれば誤魔化せる。なんて思われているのだろうか。
いや、所詮アタシもそんなもんなんかも知れない。
アタシは、アイツの趣味をほとんど知らない。
アイツが言うことはないし、聞くこともないからだ。
でも、夜に普段歌わないような鼻歌を歌ってキッチンで何かを作っていた。それが紅茶だった。
「好きなんだな。それ」
ってアタシが言うとアイツは執事の顔をせずに、
「はい。」
なんて無邪気に嬉しそうに返してたっけ。
アタシはティーカップを置いて紅茶と一緒に置いてくれたマーマレードにかぶりつく。
紅茶なんて嫌いだ。苦みも嫌いだけれど特に紅茶の匂いが。
それなのに紅茶の美味しさを知ってもらいたいからっていつの間にかアタシに入れるようになっていた。
アタシはいつも口にしなかったけれど。それでもめげずに紅茶を入れ続けて、いつの間にか
紅茶の匂いはアイツの匂いとおんなじになっていた。
だから嫌いだ。アイツに絡むものは何でも嫌い。
アイツを嫌いにならなければいけない。
嫌われなければ、
幻滅されないと、
とにかく、アイツを嫌いになるしかない。嫌われるしか方法はない。
これ以上嫌いにならないとアタシは主失格だしアイツも執事失格だ。
執事と主の壁を超えてはいけない。
10/27/2023, 10:24:44 AM